・・・向うが生身の人なら、語をかけるとか、眼で心意気を知らせるとか出来るんですが、そんな事をしたって、写真じゃね。」おまけに活動写真なんだ。肌身はなさずとも、行かなかった訳さ。「思い思われるって云いますがね。思われない人だって、思われるようにはし・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ではなくて、生身の足を保護するためにはくものである。もし足はどうなってもいい、靴さえ減らなければいいというのならば、いっその事全部鋼鉄製の靴をはけばいいわけである。 はきごこち、踏みごこちの柔らかであるということは、結局磨滅しやすいとい・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・今時の民家は此様の法をしらずして行規を乱にして名を穢し、親兄弟に辱をあたへ一生身を空にする者有り。口惜き事にあらずや。女は父母の命と媒妁とに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・評論における「現実認識の直接性が、自己の生身の存在に対して上位にあるかの如き意識を絶えず感じさせられている。批評家は作家たちに対してのみならず自分自身に対しても照れ臭いのである」これもなかなか含蓄のある感情だと思う。この著者が、そのようにし・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・それにもかかわらず人々はその題を見てすぐ日常自分たちと混ってそこら辺にいる生身の好もしく又好もしからざる青年たちとしての学生を感じ、彼等の生活の姿を眼底に髣髴する。それに対して漠然直感されている各人の日頃からの感想というようなものも、その題・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・ 今までは、貧しくこそあれ一文の貸しもない代りに、また借りもなく、家内中の者が家内中の手で暮していられた彼等の生活には、絶えずジリジリと生身に喰いこんで来る重い重い枷が掛けられた。 どうにかしてはずしたい。 何とかして元の身軽さ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・昔から天狗に遭えば生身を八ツ裂にされて喰われるということは聞いておりました。この山中で逃れる術もありますまい。もう覚悟は決めました。然しこんな哀れな百姓にも一期の願いというものはございます。それを聞いては下さいますまいか」 天狗は鷹揚に・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・ 私は、丁度、濡れそぼたれた獣同志が、互に身を寄せて暖め合うような、生身の愛と憎と惨めさを感じずには居られないのである。 考えて御覧なさい。 私共は、何時から人間の生活の、大らかな純一性を求めて来ただろう、そして又、此から先、何・・・ 宮本百合子 「無題」
出典:青空文庫