・・・ 七月末に一度帰京してちょうど二週間たって再び行って見て驚いたのはあひるのひなの生長の早いことであった。あの黄色いうぶ毛はいつのまにか消えうせて、もうそろそろ一人前の鴨羽に近い色彩の発現が見える。小さなブーメラング形の翼の胚芽の代わりに・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ことによって「憧憬のかすみの中に浮揺する風景や、痛ましく取り止めのつかない、いろいろのエロチックな幻影や、片影しか認められないさまざまの形態の珍しい万華鏡の戯れやが、不合理な必然性に従って各自の中から生長する」。 しかしこれらの絶対映画・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そしてこの苗の生長を楽しみにしておられた博士は不幸にして夭折されたのである。亡くなられる少し前に、たしかこれらの楊梅が始めて四つとか五つとかの実を着けたという消息を聞いたことがあったように思う。その後さらに数年を経過した現在のこの楊梅の苗の・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・されども能くその萌芽を出して立派に生長すると否らざるとは、単に手入れの行届くと行届かざるとに依るなり。即ち培養の厚薄良否に依るというも可なり。いわゆる教育なるものは則ち能力の培養にして、人始めて生まれ落ちしより成人に及ぶまで、父母の言行によ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・老爺生長在江辺、不愛交遊只愛銭、と歌い出した。昨夜華光来趁我、臨行奪下一金磚、と歌いきって櫓を放した。それから船頭が、板刀麺が喰いたいか、飩が喰いたいか、などと分らぬことをいうて宋江を嚇す処へ行きかけたが、それはいよいよ写実に遠ざかるから全・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・「男の学生に比較すれば量において少いし、人間的生長といった面でも遅れているように見受けられます」と。わたしは正直なところこの御返事の気分に不満なのです。日本の女学校教育は特別なものであったから、共学がはじまってまだほんの僅かしかたたない今日・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 男性たちにしても、女が生きて来たと同じその歴史のうちで生長して来ているのだから、同じような感情のあいまいさや節度の不分明なところを弱点として持っているのは当然である。紛糾は女性が自分の感情の本質をはっきり知っていないことからひき起るば・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・わたしは自分の隅としてそこを愛し、謂わばその隅で生長したのであった。 日本女子大学の英文科予科に一学期ほどいたことがある。ここの学校でも心に刻まれているのは、構内の雑木林である。網野菊、丹野禎子という友達たちと、そこで喋った雑木林が・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ 私は、そのいずれもが、ゴーリキイ自身の発展の意義や彼と新しい歴史的世代の文学の生長との関係を、正当にとらえていないことを感じた。又、或るひとの感想の中には、ゴーリキイの盛大な葬送の光景を写真で見てプロレタリア作家としての幸福を思い、小・・・ 宮本百合子 「「ゴーリキイ伝」の遅延について」
・・・日光の下に種々の植物が華さくように、同時に幾つかの為事を始めて、かわるがわる気の向いたのに手を着ける習慣になっているので、幾つかの作品が後れたり先だったりして、この人の手の下に、自然のように生長して行くのである。この人は恐るべき形の記憶を有・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫