・・・滔々たる天下、この口実遁辞を用いる者さえもなき世の中なれ、憐れむべきにあらずや。畢竟子を学校に入るる者の内心を探りてその真実を丸出しにすれば、自分にて子供を教育しこれに注意するは面倒なりというに過ぎず。一月七、八円の学費を給し既に学校に入る・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・余が故郷などにてはこのつめ物におが屑を用いる。半紙の嚢を二通りに拵えてそれにおが屑をつめ、其嚢の上には南無阿弥陀仏などと書く。これはつめ処によって平たい嚢と長い嚢と各必要がある。それで貌の処だけは幾らか斟酌して隙を多く拵えるにした所で、兎に・・・ 正岡子規 「死後」
・・・蕪村の牡丹を詠ずるはあながち力を用いるにあらず、しかも手に随って佳句を成す。句数も二十首の多きに及ぶ。そのうち数首を挙ぐれば牡丹散って打重なりぬ二三片牡丹剪って気の衰へし夕かな地車のとゞろとひゞく牡丹かな日光の土にも彫れ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・けれども仲々人の命令をすなおに用いるやつらじゃないんです。」「それより向うのくだものの木の踊りの環をごらんなさい。まん中に居てきゃんきゃん調子をとるのがあれが桜桃の木ですか。」「どれですか。あああれですか。いいえ、あいつは油桃です。・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・そして、一方に、悪妻的さもしい手を用いる隙を与えないように、原料その他の価が考慮されて欲しい。 教員の生活保証 事変以来、小学教員の不足と、その不足を至急に補うことから生じる質の低下とは心ある者を考えさせていた・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・という言葉を用いるようになった。そういう事情いかんにかかわらず、『勤労者文学』は、この二年の間、民主主義文学の新しい土地をひらき、新しい作家をみちびきだし、価値を否定することができない努力をつづけて来たのである。 二 ・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・ 同心らが三道具を突き立てて、いかめしく警固している庭に、拷問に用いる、あらゆる道具が並べられた。そこへ桂屋太郎兵衛の女房と五人の子供とを連れて、町年寄五人が来た。 尋問は女房から始められた。しかし名を問われ、年を問われた時に、かつ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・碑文に漢文体を用いるのも、また形式未成のゆえである。これが歴史である。現在はかくのごとくである。 近ごろわたくしを訪うて文学芸術の問題ないし社会問題に関する意見を徴し、また小説を求むるものが多い。わたくしはその煩にたえない。あえてあから・・・ 森鴎外 「なかじきり」
・・・そして一般的な所は伝統に従って表現し、独特な所には新しい表現法を用いる。ところがデュウゼは一般的な所をも自分の新しい方法で表現した。それゆえに彼女は徹頭徹尾独特の芸を有するがごとくに見え、また他人の成功しない所で成功するのである。これが彼女・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・ここに用いる「自然」は「人生」と対立せしめた意味の、あるいは「精神」「文化」などに対立せしめた意味の、哲学的用語ではない。むしろ「生」と同義にさえ解せられる所の、人生自然全体を包括した、我々の「対象の世界」の名である。それは我々の感覚に訴え・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫