・・・ と笑って、一つ一つ、山、森、岩の形を顕わす頃から、音もせず、霧雨になって、遠近に、まばらな田舎家の軒とともに煙りつつ、仙台に着いた時分に雨はあがった。 次第に、麦も、田も色には出たが、菜種の花も雨にたたかれ、畠に、畝に、ひょろひょ・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ 私は、いま、彼の描いた、田舎家の一隅を思い出さずにはいられません。それは、まだ年若い母親が、膝の上に乳呑児をのせて、何かあたゝかなものを匙ですくって、急がずに落ついた調子で子供に与えています。子供は、柔らかな長い衣物に包まれている。そ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・粗末な泥土塗りの田舎家もイタリアと思えばおもしろかった。古風な木造の歯車のついた粉ひき車がそのような家の庭にころがっているのも珍しかった。青い海のかなたにソレントがかすんで、絵のような小船が帆をたたんで岸に群れているのも、みんなそれがイタリ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・指定せられた十八番地の前に立って見れば、宛然たる田舎家である。この家なら、そっくりこのままイソダンに立っていたって、なんの不思議もあるまい。町に面した住いは低く出来ていて、入口の左右に小さい店がある。入口から這入る所は狭いベトンの道になって・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・夢を見ているように美しい、ハムレット太子の故郷、ヘルジンギヨオルから、スウェエデンの海岸まで、さっぱりした、住心地の好さそうな田舎家が、帯のように続いていて、それが田畑の緑に埋もれて、夢を見るように、海に覗いている。雨を催している日の空気は・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫