・・・其の由来を審にしない。 お民は談話が興に乗ってくると、「アノあたいが」と言いかけて、笑いながら「わたしが」と言い直すことがある。お民の言葉使には一体にわざとらしいまでに甘ったれた調子が含まれている。二十六の女とは思われぬ程小娘らしい調子・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ いっしょに連れて行った二人を老師に引き合せて、巡錫の打ち合せなどを済ました後、しばらく雑談をしているうちに、老師から縁切寺の由来やら、時頼夫人の開基の事やら、どうしてそんな尼寺へ住むようになった訳やら、いろいろ聞いた。帰る時には玄関ま・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・ 人に云えぬ盾の由来の裏には、人に云えぬ恋の恨みが潜んでいる。人に云わぬ盾の歴史の中には世もいらぬ神もいらぬとまで思いつめたる望の綱が繋がれている。ウィリアムが日毎夜毎に繰り返す心の物語りはこの盾と浅からぬ因果の覊絆で結び付けられている・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 然るに男尊女卑の習慣は其由来久しく、習慣漸く人の性を成して、今日の婦人中動もすれば自から其権利を忘れて自から屈辱を甘んじ、自から屈辱を忍んで終に自から苦しむ者多し。唯憐む可きのみ。其然る所以は何ぞや。幼少の時より家庭の教訓に教えられ又・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・たとえば医学の如きは、日本にてその由来も久しく、したがってその術も他の諸科に超越するものなれども、今日の有様を見れば、西洋の日新を逐うて、つねに及ばざるの嘆をまぬかれず。数百年の久しき、日本にて医学上の新発明ありしを聞かざるのみならず、我が・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・畢竟婦人の罪とのみ言う可らず、社会の先達たる学者教育家の不深切と、政府の筋の無学不注意に由来することゝ知る可し。一 教育の進歩と共に婦人が身柄にあるまじきことを饒舌り、甚だしきは奇怪千万なる語を用いて平気なるは、浅見自から知らざるの罪に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・横山大観、梅原龍三郎、やっぱり細川護立侯の顔を立てるとか立てぬとか。由来、日本の芸道の精髄は気稟にあった。気魄ということは芸術の擬態、くわせものにまでつかわれるものであるが、これらの場合の進退には、そういう古典的意味での伝統さえ活かされてい・・・ 宮本百合子 「雨の小やみ」
・・・私はそういう由来については知らないし、心で、契月がこういう鈍感な雲と月とを描くのであろうかと思っていたところだったので。 ゆうべ、八時頃、下から登って来たら、バスの女車掌が運転手と、あした、八百名、自由行動だってさ、晴れたら歩くだろう、・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・そういうことがわかったのは、ゆきのおまはんの由来を理解したよりもあとのことだし、「ねぶか」よりもあとのことであった。 父方の祖母、母方の祖母が、わたしの幼い時代に徳川時代から明治初年への物語を色こく刻みこませた人々であった。いまわたした・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・大抵訳本に添えて書くべき事は、原書の由来とか原作者の伝記とか云うもので、その外は飜訳の凡例のような物であろう。その原書の由来と説明とは、所謂ファウスト文献、一層広く言えばギョオテ文献があって、その汗牛充棟ただならざる中にいくらでもある。現に・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫