・・・「私は甲種なのね。」Kは、びっくりする程、大きい声で、笑い出した。「私は、山を見ていたのじゃなくってよ。ほら、この、眼のまえの雨だれの形を見ていたの。みんな、それぞれ個性があるのよ。もったいぶって、ぽたんと落ちるのもあるし、せっかちに、・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ いったい黒焼きがほんとうに病気にきくだろうかという疑問が科学の学徒の間で問題に上ることがある。そういう場合に、科学者にいろいろの種類があることがよくわかる。 甲種の科学者は頭から黒焼きなんかきくものかと否定してかかる。蛇でもいもり・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 昭和十一年三月という、今日では殆ど用に足りない古い統計でさえ、甲種実業学校の入学志願者は十九万人近く、入学者は十万五千三百九十八人という数を示している。 昭和七年に比べると、志望者は七万余人、入学者は二万人近く増して来ていたのであ・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・中国地方の或る工業地帯が故郷である若い人が、この間の徴兵検査で、一年前肺炎をやっている体で甲種になって、おどろいている。自分がその体で甲種になったおどろきは、同じとき裸になって並んだ工場の青年たちが余りひどい体をしていたこととの対比で、一層・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
出典:青空文庫