・・・御存じ……と申出るほどの事もあるまい。石州浜田六万四千石……船つきの湊を抱えて、内福の聞こえのあった松平某氏が、仔細あって、ここの片原五万四千石、――遠僻の荒地に国がえとなった。後に再び川越に転封され、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ち・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――あの時、雀の親子の情に、いとしさを知って以来、申出るほどの、さしたる御馳走でもないけれど、お飯粒の少々は毎日欠かさず撒いて置く。たとえば旅行をする時でも、……「火の用心」と、「雀君を頼むよ」……だけは、留守へ言って置くくらいだが、さて、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・前世の業と断念めて、せめて近所で、蕎麦か饂飩の御都合はなるまいか、と恐る恐る申し出ると、饂飩なら聞いてみましょう。ああ、それを二ぜん頼みます。女中は遁げ腰のもったて尻で、敷居へ半分だけ突き込んでいた膝を、ぬいと引っこ抜いて不精に出て行く。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・けれど、気の弱い私は宿の者にその旨申し出ることもできず、辛抱して、なるべく温味の多そうな隅の方にちぢこまって、ぶるぶる顫えていると、若い男がはいって来た。はれぼったい瞼をした眼を細めて、こちらを見た。近視らしかった。 湯槽にタオルを浸け・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・女の子たちは、そんな織女星の弱味に附け込んで遠慮会釈もなく、どしどし願いを申し出るのだ。ああ、女は、幼少にして既にこのように厚かましい。けれども、男の子は、そんな事はしない。織女が、少からずはにかんでいる夜に、慾張った願いなどするものではな・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・に近づいたものと見える、その理由に曰くここは馬を乗る所で自転車に乗る所ではないから自転車を稽古するなら往来へ出てやらしゃい、オーライ謹んで命を領すと混淆式の答に博学の程度を見せてすぐさまこれを監督官に申出る、と監督官は降参人の今日の凹み加減・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫