・・・ もし東京市民が申し合せをして私宅の風呂をことごとく撤廃し、大臣でも職工でも皆同じ大浴場の湯気にうだるようにしたら、存外六ヶしい世の中の色々の大問題がヤスヤス解決される端緒にもなりはしまいか。こんな事を考えてみたこともある。 風呂場・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ある時はある社の若者が申し合わせて一同頭をクリクリ坊主にそり落として市中を練り歩いたこともあった。 宅の長屋に重兵衛さんの家族がいてその長男の楠さんというのが裁判所の書記をつとめていた。その人から英語を教わった。ウィルソンかだれかの読本・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・宅のものの話によると、きょうの午後一時過ぎから四時過ぎごろまでの間に頻繁にはじけ、それが庭の藤も台所の前のも両方申し合わせたように盛んにはじけたということであった。台所のほうのは、一間ぐらいを隔てた障子のガラスに衝突する音がなかなかはげしく・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・近頃は日本人の顔がだんだんに西洋人に似てくるようで、銀座などを歩いているとあちらの映画スターに似たような顔つきをした男女を見かけることも珍しくないがただ髪の毛だけは、当り前のことだが皆申し合せたように真黒である。しかし、日本人の日常生活がだ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・始めは偶然だと思うていたが行くほどに、穴のあるほどに、申し合せたように、左右の穴からもしもしと云う。知らぬ顔をして行き過ぎると穴から手を出して捕まえそうに烈しい呼び方をする。子規を顧みて何だと聞くと妓楼だと答えた。余は夏蜜柑を食いながら、目・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・と背中を向いて見せる。御母さんと露子は同時に「おやまあ!」と申し合せたような驚き方をする。 羽織を干して貰って、足駄を借りて奥に寝ている御父っさんには挨拶もしないで門を出る。うららかな上天気で、しかも日曜である。少々ばつは悪かったような・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・この棟に不自由な身を託した患者は申し合せたように黙っている。寝ているのか、考えているのか話をするものは一人もない。廊下を歩く看護婦の上草履の音さえ聞えない。その中にこのごしごしと物を擦り減らすような異な響だけが気になった。 自分の室はも・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・そのようにして決めた組内の申し合わせは、自分たちできめたことですから、勝手にこわしてしまうようなことをせず、皆が其にきちんと従って、不便なところは改善してゆくという風にやるべきではないでしょうか。自由というものは、こういうものです。 級・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・その中に小さい子供が風流熱にかかったりしたんでだれもかれも申し合わせたように花の事なんかは忘れて居た。ひょっと何と云う事なしにきづいて今日花を見るとその小さい可愛い花はみんなしぼんでしまって居た。「オヤもうしぼんでしまった……そうそうあ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫