・・・ただ庭先から川向うを見ると、今は両国停車場になっている御竹倉一帯の藪や林が、時雨勝な空を遮っていたから、比較的町中らしくない、閑静な眺めには乏しくなかった。が、それだけにまた旦那が来ない夜なぞは寂し過ぎる事も度々あった。「婆や、あれは何・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ その日彼は町中を引き廻された上、さんと・もんたにの下の刑場で、無残にも磔に懸けられた。 磔柱は周囲の竹矢来の上に、一際高く十字を描いていた。彼は天を仰ぎながら、何度も高々と祈祷を唱えて、恐れげもなく非人の槍を受けた。その祈祷の声と・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・ しかし、さういふ不愉快な町中でも、一寸した硝子窓の光とか、建物の軒蛇腹の影とかに、美しい感じを見出すことが、まあ、僕などはこんなところにも都会らしい美しさを感じなければ外に安住するところはない。 広重の情趣 尤も、今の東京・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・「その朝でさえ『三月三日この池より竜昇らんずるなり』の建札は、これほどの利き目がございましたから、まして一日二日と経って見ますと、奈良の町中どこへ行っても、この猿沢の池の竜の噂が出ない所はございません。元より中には『あの建札も誰かの悪戯・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 燕はこのわかいりりしい王子の肩に羽をすくめてうす寒い一夜を過ごし、翌日町中をつつむ霧がやや晴れて朝日がうらうらと東に登ろうとするころ旅立ちの用意をしていますと、どこかで「燕、燕」と自分をよぶ声がします。はてなと思って見回しましたがだれ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・…第一見えそうな位置でもないのに――いま言った黄昏になる頃は、いつも、窓にも縁にも一杯の、川向うの山ばかりか、我が家の町も、門も、欄干も、襖も、居る畳も、ああああ我が影も、朦朧と見えなくなって、国中、町中にただ一条、その桃の古小路ばかりが、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 町中が、杢若をそこへ入れて、役に立つ立たないは話の外で、寄合持で、ざっと扶持をしておくのであった。「杢さん、どこから仕入れて来たよ。」「縁の下か、廂合かな。」 その蜘蛛の巣を見て、通掛りのものが、苦笑いしながら、声を懸ける・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・当時は町を離れた虎杖の里に、兄妹がくらして、若主人の方は、町中のある会社へ勤めていると、この由、番頭が話してくれました。一昨年の事なのです。 ――いま私は、可恐い吹雪の中を、そこへ志しているのであります―― が、さて、一昨年のその時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・「滝でも落ちそうな崖です――こんな町中に、あろうとは思われません。御閑静で実に結構です。霧が湧いたように見えますのは。」「烏瓜でございます。下闇で暗がりでありますから、日中から、一杯咲きます。――あすこは、いくらでも、ごんごんごまが・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 大洪水は別として、排水の装置が実際に適しておるならば、一日や二日の雨の為に、この町中へ水を湛うるような事は無いのである。人事僅かに至らぬところあるが為に、幾百千の人が、一通りならぬ苦しみをすることを思うと、かくのごとき実務的の仕事に、・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
出典:青空文庫