・・・おかしい話ですが、留置所へはいって食う飯のことが目にちらついてならなかった。人間もこうまであさましくなるものかと思いました。が、線路工夫には見つからずにすんで、いわば当てが外れたみたいなものでした。その弁当でいくらか力がついたので、またトボ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・何のための留置かわからなかったが、やつれはてて帰ってきたお君の話で、安二郎の脱税に関してだとわかった。それならば安二郎が出頭しなければならぬのにと豹一は不審に思った。だんだんに訊いてみると、安二郎は偽せの病気を口実にお君を出頭させたのだとわ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・その翌朝、警察の手が廻って錦町署に留置された。検事局へ廻されたが、未成年者だというので釈放され、父親の手に渡された。 そんな事があってみれば、両親ももう新銀町には居たたまれなかった。両親は夜逃げ同然に先祖代々の相模屋をたたんで、埼玉の田・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・すると娘が下の留置場から連れて来られます。青い汚い顔をして、何日いたのか身体中プーンといやなにおいをさせているのです。――娘の話によると、レポーターとかいうものをやっていて、捕かまったそうです。 ところが娘は十日も家にいると、またひょッ・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ 俺の入った留置場は一号監房だったが、皆はその留置場を「特等室」と云って喜んでいた。「お前さん、いゝ処に入れてもらったよ。」と云われた。 そこは隣りの家がぴッたりくッついているので、留置場の中へは朝から晩まで、ラジオがそのまんま・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ この冬は本当に寒かったの。留置場でもストーヴの側の監房は少しはよかったが、そうでない処は坐ってその上に毛布をかけていても、膝がシン/\と冷たくなる。朝眼をさますと、皆の寝ている起伏の上に雪が一杯ふりかゝっているので吃驚するが、それ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 警察の留置場から誰か脱走したのだろう、と私は、はじめはそう思いました。黙って、次の説明を待っていました。「たぶん、この町には、先例の無かった事でしょう。あなたの御親戚の圭吾さん、ね、入隊していないんです。」 私は頭から、ひや水・・・ 太宰治 「嘘」
・・・三度、留置場にぶちこまれた。思想の罪人としてであった。ついに一篇も売れなかったけれど、百篇にあまる小説を書いた。しかし、それはいずれもこの老人の本気でした仕業ではなかった。謂わば道草であった。いまだにこの老人のひしがれた胸をとくとく打ち鳴ら・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 私はたびたび留置場にいれられ、取調べの刑事が、私のおとなしすぎる態度に呆れて、「おめえみたいなブルジョアの坊ちゃんに革命なんて出来るものか。本当の革命は、おれたちがやるんだ。」と言った。 その言葉には妙な現実感があった。 のち・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ きのう留置場から出たばかりなんですよ。」 私は仰天した。「知りません。全然、知りません。」 私たちは、もう、その薄暗い食堂にはいっていた。 第五回 私は暫く何も、ものが言えなかった。裏切られ、ばかに・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫