・・・利他は利己の打算的手段として起こったもので、畢竟賢き利己であるという説はこれで破られる。しかし利他の動機は確かに利己から独立に存在しても、利己と利他とが矛盾するときいずれをさきに、いかなる条件にしたがって満足せしむべきかの問題は依然として残・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・明治の天子様は、たとえ若崎が今度失敗しても、畢竟は認めて下さることを疑わない」と、安心立命の一境地に立って心中に叫んだ。 ○ 天皇は学校に臨幸あらせられた。予定のごとく若崎の芸術をご覧あった。最後に至って若崎の鵞鳥は・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・許さない、死に面しては貴賎・貧富も善悪・邪正も知愚・賢不肖も平等一如である、何者の知恵も遁がれ得ぬ、何者の威力も抗することは出来ぬ、若し如何にかして其を遁がれよう、其れに抗しように企つる者あらば、其は畢竟愚癡の至りに過ぎぬ。只だ是れ東海に不・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・き道はござらねど権力腕力は拙い極度、成るが早いは金力と申す条まず積ってもごろうじろわれ金をもって自由を買えば彼また金をもって自由を買いたいは理の当然されば男傾城と申すもござるなり見渡すところ知力の世界畢竟ごまかしはそれの増長したるなれば上手・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・二番目の弟の口の悪いのも畢竟姉を思ってくれるからではあったろうが、しまいにはおげんの方でも耐えきれなくなって、「そう後家、後家と言って貰うまいぞや」と言い返して見せたのも、あの二階だ。そうしたら弟の言草は、「この婆サも、まだこれで色気がある・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
一 私は今ここに自分の最近両三年にわたった芸術論を総括し、思想に一段落をつけようとするにあたって、これに人生観論を裏づけする必要を感じた。 けれども人生観論とは畢竟何であろう。人生の中枢意義は言うまでもなく実行である。人生観・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・女房はわっと泣きだして、それを今日まで平気でいたお前が恨めしい。畢竟わしをばかにしているからだ。もうこれぎり実家へ帰って死んでしまうと言って、箪笥から着物などを引っ張りだす。やがて二人で大立廻りをやって、女房は髪を乱して向いの船頭の家へ逃げ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・束の花を投じても、決してその勇士の骨の埋められたる個所には落下せず、あらぬかなたの森に住む鷲の巣にばさと落ちて雛をいたずらに驚愕せしめ、或いはむなしく海波の間に浮び漂うが如き結末になると等しく、これは畢竟、とどくも届かざるも問題でなく、その・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ これに和してモスコフスキーは、同時に立派な鍛冶でブリキ職でそして靴屋であった昔の名歌手を引合いに出して、畢竟は科学も自由芸術の一つであると云っている。しかしアインシュタインが、科学それ自身は実用とは無関係なものだと言明しながら、手工の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんがために、反対・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫