・・・私は当区――町――丁目――番地居住、佐々木信一郎と申すものでございます。年齢は三十五歳、職業は東京帝国文科大学哲学科卒業後、引続き今日まで、私立――大学の倫理及英語の教師を致して居ります。妻ふさ子は、丁度四年以前に、私と結婚致しました。当年・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・って、恐縮していたが、とうとうさじを投げて、なんとか町なんとか番地平五郎殿と書いてしまった。あれでうまく、平五郎さんの家へとどいたら、いくら平五郎さんでも、よくとどいたもんだと感心するにちがいない。 ことにこっけいなのは、誰の所へ来たん・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ 僕はその封筒のおもてに浅草区千束町○丁目○番地渡瀬方野沢様と記してやった。かの女はその人を子供の時から知ってると言いながら、その呼び名とその宿所とを知っていないのであった。「………」さきの偽筆は自分のために利益と見えたことだが、今・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「そうか、永代の傍で清住町というんだね、遊びに行くよ。番地は何番地だい?」「清住町の二十四番地。吉田って聞きゃじき分るわ」「吉田? 何だい、その吉田てえのは?」「私の亭主の苗字さ」と言って、女は無理に笑顔を作る。「え」と・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ったときなるほどこれだなと思ったのであるが、その女は自分が天理教の教会を持っているということと、そこでいろんな話をしたり祈祷をしたりするからぜひやって来てくれということを、帯の間から名刺とも言えない所番地をゴム版で刷ったみすぼらしい紙片を取・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・そして宿所がきまるや、さっそく築地何町何番地、何の某方という桂の住所を訪ねた。この時二人はすでに十九歳。 下 午後三時ごろであった。僕は築地何町を隅から隅まで探して、ようやくのことで桂の住家を探しあてた。容易に分から・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・×日正午すぎ×区×町×番地×商、何某さんは自宅六畳間で次男何某君の頭を薪割で一撃して殺害、自分はハサミで喉を突いたが死に切れず附近の医院に収容したが危篤、同家では最近二女某さんに養子を迎えたが、次男が唖の上に少し頭が悪いので娘可愛さから思い・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・通帳には旧住所の青森市何町何番地というのに棒が引かれて、新住所の北津軽郡金木町何某方というのがその傍に書き込まれていた。青森市で焼かれてこちらへ移って来たひとかも知れないと安易に推量したが、果してそれは当っていた。そうして、氏名は、 竹・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・だ茶箪笥の上の飾り物になっていて、老母も妻も、この廃物に対して時折、愚痴を言っていたのを思い出し、銀行から出たすぐその足でラジオ屋に行き、躊躇するところなく気軽に受信機の新品を買い求め、わが家のところ番地を教えて、それをとどけるように依頼し・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・何県何村何番地とか、大正何年何月何日とか、その頃の新聞で知っているであろうがとかいう文句を忘れずにいれて置いてあとは、必ずないことを書きます。つまり小説ですねえ。」 青扇は彼の新妻のことで流石にいくぶん気おくれしているのか、僕の視線を避・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫