・・・ そこで、卓子に肱をつくと、青く鮮麗に燦然として、異彩を放つ手釦の宝石を便に、ともかくも駒を並べて見た。 王将、金銀、桂、香、飛車、角、九ツの歩、数はかかる境にも異はなかった。 やがて、自分のを並べ果てて、対手の陣も敷き終る折か・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・自から不自由の中に軌範の立ち籠って、政治の前衛をもって任ずるものは、自から異いますが、なるべく、多くの異彩ある作家が輩出して、都会を、農村をいろ/\の眼で見、描写しなければならぬと思います。 作家は、何ものにも囚われてはなりません。もし・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・その歌集はおそらく今の歌壇に一つの異彩を放つばかりでなく、現代世相の一面の活きた記録としても意義のあるものになるだろうと思っている。 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・レーノルズの全集をひやかしてこの異彩ある学者を礼讃してみたり、マクスウェルの伝記中にあるこの物理学者の戯作ヴァンパヤーの詩や、それを飾る愉快に稚拙なペン画を嬉しがったりした。そんな下らないことが、今から考えてみると、みんな後年の自分の生涯に・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・当時いちばん若かったKちゃんが後年ひとかどの俳人になって、それが現に銀座裏河岸に異彩ある俳諧おでん屋を開いているのである。 鍋町の風月の二階に、すでにそのころから喫茶室があって、片すみには古色蒼然たるボコボコのピアノが一台すえてあった。・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・の手もとにそのままに保存されていたのを同氏没後満三十年の今日記念のためにという心持ちでそっくりそれを複製して、これに原文のテキストと並行した小泉一雄氏の邦文解説を加えさらに装幀の意匠を凝らしてきわめて異彩ある限定版として刊行したものだそうで・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・ 真菰の精霊棚、蓮花の形をした燈籠、蓮の葉やほおずきなどはもちろん、珍しくも蒲の穂や、紅の花殻などを売る露店が、この昭和八年の銀座のいつもの正常の露店の間に交じって言葉どおりに異彩を放っていた。手甲、脚絆、たすきがけで、頭に白い手ぬぐい・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・一軒は昔ふうの建築であり他の一軒は近代的洋風の店構えになっているのであるが、ともかくも付近に対して著しく異彩を放つ黒焼き屋であることには昔も変わりはないようである。 いったい黒焼きがほんとうに病気にきくだろうかという疑問が科学の学徒の間・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それは、全身にいろいろの刺青を施した数名の壮漢が大きな浴室の中に言葉どおりに異彩を放っていたという生来初めて見た光景に遭遇したのであった。いわゆる倶梨伽羅紋々ふうのものもあったが、そのほかにまたたとえば天狗の面やおかめの面やさいころや、それ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・日曜ごとにK市の本町通りで開かれる市にいつもきまって出現した、おもちゃや駄菓子を並べた露店、むしろの上に鶏卵や牡丹餅や虎杖やさとうきび等を並べた農婦の売店などの中に交じって蓄音機屋の店がおのずからな異彩を放っていた。 器械から出る音のエ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫