・・・私はこれらの自然から産みだされる人間や文化にさえ、疑いを抱かずにはいられないような気がした。温室に咲いた花のような美しさと脆さとをもっているのは彼らではないかと思われた。 私たちは間もなく須磨の浜辺へおり立っていた。「この辺は私もじ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・その行動について不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。諸君、西郷も逆賊であった。しかし今日となって見れば、逆賊でないこと西郷のごとき者があるか。幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・の沢蔵稲荷の霊験なぞ、こまごまと話して聞かせるので、私は其頃よく人の云うこっくり様の占いなぞ思合せて、半ばは田崎の勇に組して、一緒に狐退治に行きたいようにも思い、半ばは世にそう云う神秘もあるのか知らと疑いもしたのであった。 午飯が出来た・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 二つともよく似た趣向なので、あるいは新しいほうが古い人のやったあとを踏襲したのではなかろうかという疑いさえさしはさめるくらいだが、それは自分にはどうでもよろしい。ただ自分もつい近ごろ、これと同様の経験をしたことがある。そのせいか今まで・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・自己の能力を疑いつつも、遂に哲学に定めてしまった。四高の学生時代というのは、私の生涯において最も愉快な時期であった。青年の客気に任せて豪放不羈、何の顧慮する所もなく振舞うた。その結果、半途にして学校を退くようになった。当時思うよう、学問は必・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。しかもそんな近いところに、今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・或は婦人が漫に男子の挙動を疑い、根もなき事に立腹して平地に波を起すが如き軽率もあらんか、是れぞ所謂嫉妬心なれども、今の男子社会の有様は辛苦して其微を窺うに及ばず、公然の秘密と言うよりも寧ろ公然の公けとして醜体を露す者こそ多けれ。家に遺伝の遺・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・余は文法論につきてなお幾多の疑いを存する者なれども、これらの俳句をことごとく文法に違えりとて排斥する説には反対する者なり。まして普通の場合に「ならめ」等の結語を用いる例は万葉にもあるをや。二本の梅に遅速を愛すかな麓なる我蕎麦存す・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ははは、ふん、これはもう疑いもない。ツェのやつめ、ねずみとりに食われたんだ。おもしろい。そのつぎはと。なんだ、ええと、新任ねずみ会議員テ氏。エヘン、エヘン。エン。エッヘン。ヴェイヴェイ。なんだちくしょう。テなどがねずみ会議員だなんて。えい、・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・その研究の中にも、日本の文学を前進させる力がひそめられていることは疑いはないのである。〔一九三七年十二月〕 宮本百合子 「明日の言葉」
出典:青空文庫