・・・また、レオ・シロタは、「ハイフェッツにしても、この年でこの位弾けたかどうか疑問だ」 と無茶苦茶なほめ方だった。 ローゼンシュトックは、「あの子は悪魔の子だ」 と、呟いた。 相手が十三歳の子供だというので、ほめる方でも・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・もっともそうした君を、田舎でも長く置いてくれるかどうかは、疑問だがね……」 上野から夜汽車に乗る私を送ってきてくれた土井は、別れる時こう言った。 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 私のこの稿は専門の倫理学者になる青年のためではなく、一般に人間教養としての倫理学研究のためであるが、人間の倫理的疑問及びその解決法は人と所と時とによって多様であるように見えても、自ら、きまった、共通なものである。まずその概観を得るがい・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼の胸中にわだかまる疑問を解くにたる明らかなる知恵がほしかったのだ。それでは彼の胸裡の疑団とはどんなものであったか。 第一には何故正しく、名分あるものが落魄して、不義にして、名正しからざるものが栄えて権をとるかということであった。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・その声に疑問のひゞきがあった。「あゝ、そうだ。」「たしかだね?」「うむ、そうだ。そうに違いない。」 眼鏡を掛けた、眼つきの悪い局長が、奥の部屋から出て来た。局長は疑ぐるように、うわ眼を使って、小使をじろりと見た。「誰れが・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ だが、間もなく、ワーシカの疑問は解決された。朝鮮銀行がやっていた、暗黒相場のルーブル売買が禁止されたのが明らかになった。密輸入者が国外へ持ちだしたルーブル紙幣を金貨に換える換え場がなくなったのだ。 日本のブル新聞は、鮮銀と、漁業会・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ソコデ何故に物はかく螺線的運動をするのだというのが是非起る大疑問サ。僕がこの疑問に向ッて与うる説明は易々たるものだよ。曰くサ、「最も障碍の少き運動の道は必らず螺旋的なり」というので沢山サ。一体運動の法則を論じて見れば一点より他点までに移る最・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・この坂の上をかつがれて通ったとか、きょうは焼け跡へ焼け跡へと歩いて行く人たちが舞い上がる土ぼこりの中に続いたとか、そういう混雑がやや沈まって行ったころに、幾万もの男や女の墓地のような焼け跡から、三つの疑問の死骸が暗い井戸の中に見いだされたと・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・のみならず現にその知識みずからが、まだこの上幾らでも難解の疑問を提出して休まない。自己というその内容は何と何とだ。自己の生を追うた行止りはどうなるのだ。ことに困るのは、知識で納得の行く自己道徳というものが、実はどうしてもまだ崇高荘厳というよ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・けれども私は、この不愉快極る疑問からのがれることができなかったのである。どうにも、かなわないので、真正面から取り組んでしまった。 ひと一人、くらい境遇に落ち込んだ場合、その肉親のうちの気の弱い者か、または、その友人のうちの口下手の者が、・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
出典:青空文庫