・・・何か胸に痛いような薄暗さと思われた。前方に光が眩しく横に流れていて、戎橋筋だった。その光の流れはこちらへも向うの横丁へも流れて行かず、筧を流れる水がそのまま氷結してしまったように見えた。何か暗澹とした気持で、光を避けて引きかえしたが、また明・・・ 織田作之助 「雨」
・・・到底も無益だとグタリとなること二三度あって、さて辛うじて半身起上ったが、や、その痛いこと、覚えず泪ぐんだくらい。 と視ると頭の上は薄暗い空の一角。大きな星一ツに小さいのが三ツ四ツきらきらとして、周囲には何か黒いものが矗々と立っている。こ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 彼は慣れぬ腰つきのふらふらする恰好を細君に笑われながら、肩の痛い担ぎ竿で下の往来側から樋の水を酌んでは、風呂を立てた。睡れずに過した朝は、暗いうちから湿った薪を炉に燻べて、往来を通る馬子の田舎唄に聴惚れた。そして周囲のもの珍しさから、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・猫は耳を噛まれるのが一番痛いのである。悲鳴は最も微かなところからはじまる。だんだん強くするほど、だんだん強く鳴く。Crescendo のうまく出る――なんだか木管楽器のような気がする。 私のながらくの空想は、かくの如くにして消えてしまっ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・「まア痛いこと! それで貴下はどうなさいました。」とお正の眼は最早潤んでいる。「女に捨てられる男は意気地なしだとの、今では、人の噂も理会りますが、その時の僕は左まで世にすれていなかったのです。ただ夢中です、身も世もあられぬ悲嘆さを堪・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 昼飯の時、「今日は頭でも痛いんかいの。」と、おきのは彼の憂鬱に硬ばっている顔色を見て訊ねた。彼は黙って何とも答えなかった。 飯がすんで、二人づれで畠へ行ってから、おきのは、「家のような貧乏たれに、市の学校やかいへやるせに、・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・「オヽ、痛い。御覧なさいな、私の手はこんなに紅くなっちゃったこと。」 と、お徳は血でもにじむかと見えるほど紅く熱した腕をさすった。「三ちゃんも姉やとやってごらんなさいな。」 と、末子がそばから勧めたが、三郎は応じなかった。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ぱいだけ附合わせていただいて、あとはもったいないので遠慮して、次女のトシ子を抱いておっぱいをやり、うわべは平和な一家団欒の図でしたが、やはり気まずく、夫は私の視線を避けてばかりいますし、また私も、夫の痛いところにさわらないよう話題を細心に選・・・ 太宰治 「おさん」
・・・銃の台が時々脛を打って飛び上がるほど痛い。 「オーい、オーい」 声が立たない。 「オーい、オーい」 全身の力を絞って呼んだ。聞こえたに相違ないが振り向いてもみない。どうせ碌なことではないと知っているのだろう。一時思い止まった・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ これは多数の人にとって耳の痛い話である。 この理想が実現せられるとして、教案を立てる際に材料と分布をどうするかという問に対しては、具体的の話は後日に譲ると云って、話頭を試験制度の問題に転じている。「要は時間の経済にある。それに・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫