・・・それでも痛みが強いようなら、戸沢さんにお願いして、注射でもして頂くとか、――今夜はまだ中々痛むでしょう。どの病気でも楽じゃないが、この病気は殊に苦しいですから。」 谷村博士はそう云ったぎり、沈んだ眼を畳へやっていたが、ふと思い出したよう・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ ――――――――――――――――――――――――― 馬は、創の痛みで唸っている何小二を乗せたまま、高粱畑の中を無二無三に駈けて行った。どこまで駈けても、高粱は尽きる容子もなく茂っている。人馬の声や軍刀の斬り合う・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・三人の子供は一度に痛みを感じたように声を挙げてわめき出した。仁右衛門は長幼の容捨なく手あたり次第に殴りつけた。 小屋に帰ると妻は蓆の上にペッたんこに坐って馬にやる藁をざくりざくり切っていた。赤坊はいんちこの中で章魚のような頭を襤褸から出・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・お腹が痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、その日に限って虫歯一本痛みもしないのです。仕方なしにいやいやながら家は出ましたが、ぶらぶらと考えながら歩きました。どうしても学校の門を這入ることは出来ないように思われた・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・あてこともねえ、どうじゃ、切ないかい、どこぞ痛みはせぬか、お肚は苦しゅうないか。」と自分の胸を頑固な握拳でこツこツと叩いて見せる。 ト可愛らしく、口を結んだまま、ようようこの時頭を振った。「は、は、痛かあない、宜いな、嬉しいな、可し・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ とその時まで、肩が痛みはしないかと、見る目も気の毒らしいまで身を緊めた裾模様の紫紺――この方が適当であった。前には濃い紫と云ったけれども――肩に手を掛けたのは、近頃流行る半コオトを幅広に着た、横肥りのした五十恰好。骨組の逞ましい、この・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・仕事着になって、からだが締まれば痛みはなくなるもんだ」 母はそういっても、どこか悪いところがあるかしらんと思ったらしく、省作の背へ回って見上げ見おろしたが、なるほど両手の肘と手くびが少し腫れてるようだけど、やっぱりくたぶれたに違いないと・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・しかしいくら念仏を唱えても、今の自分の心の痛みが少しも軽くなると思えなかった。ただ自分は非常に疲れを覚えた。気の張りが全く衰えてどうなってもしかたがないというような心持ちになってしまった。・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・「だいぶん、痛みがとれました。」と、彼は、答えた。「まあ、たいしたけがでなくてよかった。なにしろ、東京では、日に幾人ということなく、自動車や、トラックの犠牲となっているから、この後も、よく気をつけなければならない。それに較べると、田・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・寺田は夜通し撫ぜてやったが、痛みは消えず、しまいには油汗をタラタラ流して、痛い痛いと転げ廻った。再発した癌が子宮へ廻っていたのだ。しかし医者は入院する必要はないと言う。ラジウムを掛けに通うだけでいいが、しかし通うのが苦痛で堪え切れないのなら・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫