・・・よくよく問い質して見ると、疑わしい事ばかりでしたから、癇癖の強い日錚和尚は、ほとんど腕力を振わないばかりに、さんざん毒舌を加えた揚句、即座に追い払ってしまいました。「すると明治二十七年の冬、世間は日清戦争の噂に湧き返っている時でしたが、・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・特に癇癖荒気の大将というので、月卿雲客も怖れかつ諂諛して、あたかも古の木曾義仲の都入りに出逢ったようなさまであった。それだのに植通はその信長に対して、立ったままに面とむかって、「上総殿か、入洛めでたし」といったきりで帰ってしまった。上総殿と・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・くりはしたれど更に似合わしからず、脇差一本指したる体、何とも合点が行かず、痩せて居れども強そうに、今は貧相なれども前には人の上に立てるかとも思われ、盗賊の道の附入りということを現在には為したのなれど、癇癖強くて正しく意地を張りそうにも見え、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ていたのだが、試験には一つも出席せず、卒業論文も提出せず、てんで卒業の見込みの無い事が、田舎の長兄に見破られ、神田の、兄の定宿に呼びつけられて、それこそ目の玉が飛び出る程に激しく叱られていたのである。癇癖の強い兄である。こんな場合は、目前の・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ 生真面目で、癇癖の強い兄を、私はこわくて仕様がないのだ。但馬守だの何だの、そんな洒落どころでは無いのだ。「責任を持ちます。」北さんは、強い口調で言った。「結果がどうなろうと、私が全部、責任を負います。大舟に乗った気で、彦左に、ここ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・呼吸して生きていることに疲れて、窓から顔を出すと、隣りの宿の娘さんは、部屋のカアテンを颯っと癇癖らしく閉めて、私の視線を切断することさえあった。バスに乗って、ふりむくと、娘さんは隣りの宿の門口に首筋ちぢめて立っていたが、そのときはじめて私に・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・それから、この縁側に腰を掛けて、眼をショボショボさせている写真、これも甲府に住んでいた頃の写真ですが、颯爽としたところも無ければ、癇癖らしい様子もなく、かぼちゃのように無神経ですね。三日も洗面しないような顔ですね。醜悪な感じさえあります。で・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・彼の文章の示すごとく電光的の人であった。彼の癇癖は彼の身辺を囲繞して無遠慮に起る音響を無心に聞き流して著作に耽るの余裕を与えなかったと見える。洋琴の声、犬の声、鶏の声、鸚鵡の声、いっさいの声はことごとく彼の鋭敏なる神経を刺激して懊悩やむ能わ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫