・・・久留米絣に、白っぽい縞の、短い袴をはいて、それから長い靴下、編上のピカピカ光る黒い靴。それからマント。父はすでに歿し、母は病身ゆえ、少年の身のまわり一切は、やさしい嫂の心づくしでした。少年は、嫂に怜悧に甘えて、むりやりシャツの襟を大きくして・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・久留米絣に、白っぽいごわごわした袴をはいて、明治維新の書生の感じであった。のっそり茶の間へはいって来て、ものも言わず、長火鉢の奥に坐っている老母を蹴飛ばすようにして追いたて、自分がその跡にどっかと坐って、袴の紐をほどきながら、「何しに来・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・子供の頃、寒月の冴えた夜などに友達の家から帰って来る途中で川沿いの道の真中をすかして見ると土の表面にちょうど飛石を並べたようにかすかに白っぽい色をした斑点が規則正しく一列に並んでいる。それは昔この道路の水準がずっと低かった頃に砂利をつめた土・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・主家の前の植え込みの中に娘が白っぽい着物に赤い帯をしめてねこを抱いて立っていた。自分のほうを見ていつにない顔を赤くしたらしいのが薄暗い中にも自分にわかった。そしてまともにこっちを見つめて不思議な笑顔をもらしたが、物に追われでもし・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めてい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・いくら拭いても、砂が入って来て艶の出ないという白っぽい、かさっとした縁側の日向で透きとおる日光を浴びているうちに陽子は、暫らくでもいい、自分もこのような自然の裡で暮したいと思うようになった。オゾーンに充ちた、松樹脂の匂う冬の日向は、東京での・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・と、傍に立って車窓を見上げている六ツばかりの男の児の手を引っぱった。白っぽい半洋袴服をつけ、役者の子のような鳥打帽をかぶったその男の児は、よろけながら笑った。「大丈夫だよ」 婆さんは荒っぽい愛惜を現した顔で子供を眺めながら云った・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・もう一つのイガの青い方からは、白っぽい、茶色とぼかしに成った奴が出て来た。一太は手にのせて散々眺めたままいそいで懐に入れた。一太は再び三股で枝を叩いた。ヤーイ、バンザーイ! ばらばら、丸々熟した栗が今度は裸で頭の上から落ちかかって来る。一太・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ライラック色のルバシカに金髪を輝やかした青年と、黒い上着を着て白っぽいハンティングをかぶったもう一人の青年とが、或る日その屋上へ出て来て愉快そうに談笑しながら、小さいカメラを出して互に互の写真をとりあっている。こっちの窓から其光景を遠く眺め・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・骨だった肩にちっとも似合わない白っぽいお召を着て、しみじみ自分の手の甲をさすりながら、「正直なところ、ああいうところへ入れられると赤くならずにいられやしませんね。やり方がひどいからね、人間扱いじゃないもの。……」 女監守は自分のもの・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫