・・・ 何しろ……胸さきの苦しさに、ほとんど前後を忘じたが、あとで注意すると、環海ビルジング――帯暗白堊、五階建の、ちょうど、昇って三階目、空に聳えた滑かに巨大なる巌を、みしと切組んだようで、芬と湿りを帯びた階段を、その上へなお攀上ろうとする・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。 白堊の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れて・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・柳のある土手へ白堊塗りのそり橋がかかってその下に文人画の小船がもやっていた。なんだか落ち着いたいい心持ちになる。…… 夜福州路の芝居を見に行った。恐ろしく美々しい衣装を着た役者がおおぜいではげしい立ち回りをやったり、甲高い悲しい声で歌っ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・百尺岩頭燈台の白堊日にかがやいて漁舟の波のうちに隠見するもの三、四。これに鴎が飛んでいたと書けば都合よけれども飛魚一つ飛ばねば致し方もなし。舟傾く時海また傾いて深黒なる奔潮天と地との間に向って狂奔するかと思わるゝ壮観は筆にも言語にも尽すべき・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 日が強く照るときは岩は乾いてまっ白に見え、たて横に走ったひび割れもあり、大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちましたし、全くもうイギリスあたりの白堊の海岸を歩いているような気がするのでした。 町の小学校でも・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・いいや、そうじゃない、白堊紀の巨きな爬虫類の骨骼を博物館の方から頼まれてあるんですがいかがでございましょう、一つお探しを願われますまいかと、斯うじゃなかったかな。斯うだ、斯うだ、ちがいない。さあ、ところでここは白堊系の頁岩だ。もうここでおれ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・真面目な人々は、十一月三日のほとんどすべての新聞がデューイ氏当選確定とかき、デューイ氏断然勝たん、共和党早くも祝賀準備と、まるで丸の内へんで見てでも来たような記事をのせ、『読売新聞』が第一面の中央に、白堊館の主となる? トーマス・デューイと・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ そう云えば『白堊紀』がそろって手に入りました。芝のおじさんが今月中にひっこすのですが書画骨董が多いのでその始末に閉口中。林町の父は、この頃ちょくちょく旅行に出かけ用事なのですが、正月には御木本真珠を見に山田へ行った話、まだ申しませんで・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・けれども、建物ががらんとし過ぎ、明るすぎ、正面祭壇の白亜壁の前の巨大な花瓶に、厚紙細工らしい大棕梠の飾が立ててあるのなど、アフリカの沙漠を連想させた。ここには、それに大浦のようなピューがない。一面滑らかな板敷で、信徒は皆坐るものと見える。壮・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫