・・・ 板よりも固い畳の上には所々に獣の皮が敷きつめられていて、障子に近い大きな白熊の毛皮の上の盛上るような座蒲団の上に、はったんの褞袍を着こんだ場主が、大火鉢に手をかざして安座をかいていた。仁右衛門の姿を見るとぎろっと睨みつけた眼をそのまま・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
一 白熊の死 探険船シビリアコフ号の北氷洋航海中に撮影されたエピソード映画の中に、一頭の白熊を射殺し、その子を生け捕る光景が記録されている。 果てもない氷海を張りつめた流氷のモザイクの一片に乗っかって親・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・早い早い、大きくなった、白熊のようだ」「またお日さんへかかる。暗くなるぜ、奇麗だねえ。ああ奇麗。雲のへりがまるで虹で飾ったようだ」 西の方の遠くの空でさっきまで一生けん命啼いていたひばりがこの時風に流されて羽を変にかしげながら二人の・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・だから僕たちはその辺でまあ五六日はやすむねえ、そしてまったくあの辺は面白いんだよ。白熊は居るしね、テッデーベーヤさ。あいつはふざけたやつだねえ、氷のはじに立ってとぼけた顔をしてじっと海の水を見ているかと思うと俄かに前肢で頭をかかえるようにし・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・山脈は若い白熊の貴族の屍体のようにしずかに白く横たわり、遠くの遠くを、ひるまの風のなごりがヒュウと鳴って通りました。それでもじつにしずかです。黒い枕木はみな眠り、赤の三角や黄色の点々、さまざまの夢を見ている時、若いあわれなシグナルはほっと小・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・雪狼のうしろから白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果のようにかがやかしながら、雪童子がゆっくり歩いて来ました。 雪狼どもは頭をふってくるりとまわり、またまっ赤な舌を吐いて走りました。「カシオピイア、 もう水仙が咲き出す・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲をかついで、白熊のような犬を二疋つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いながら、あるいておりました。「ぜんたい、ここらの・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・そのころは、ここらは、一面の雪と氷で白熊や雪狐や、いろいろなけものが居たそうだ。お父さんはおれが生れるときなくなられたのだ。」俄かにラクシャンの末子が叫ぶ。「火が燃えている。火が燃えている。大兄さん。大兄さん。ごらんなさい。だんだん・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・あそこで大きな白熊がうろつき、ピングィン鳥が尻を据えて坐り、光って漂い歩く氷の宮殿のあたりに、昔話にありそうな海象が群がっている。あそこにまた昔話の磁石の山が、舟の釘を吸い寄せるように、探険家の心を始終引き付けている地極の秘密が眠っている。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫