・・・御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。二 こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていた陀多でござ・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・ 醜聞 公衆は醜聞を愛するものである。白蓮事件、有島事件、武者小路事件――公衆は如何にこれらの事件に無上の満足を見出したであろう。ではなぜ公衆は醜聞を――殊に世間に名を知られた他人の醜聞を愛するのであろう? グルモンはこ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・必ずしも白蓮に観音立ち給い、必ずしも紫陽花に鬼神隠るというではない。我が心の照応する所境によって変幻極りない。僕が御幣を担ぎ、そを信ずるものは実にこの故である。 僕は一方鬼神力に対しては大なる畏れを有っている。けれどもまた一方観音力の絶・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・国境の山、赤く、黄に、峰岳を重ねて爛れた奥に、白蓮の花、玉の掌ほどに白く聳えたのは、四時に雪を頂いて幾万年の白山じゃ。貴女、時を計って、その鸚鵡の釵を抜いて、山の其方に向って翳すを合図に、雲は竜のごとく湧いて出よう。――なおその上に、可いか・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・着物を洗う水の音がざぶざぶとのどかに聞こえて、隣の白蓮の美しく春の日に光るのが、なんとも言えぬ平和な趣をあたりに展げる。細君はなるほどもう色は衰えているが、娘盛りにはこれでも十人並み以上であったろうと思われる。やや旧派の束髪に結って、ふっく・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ橋なくて日暮れんとする春の水罌粟の花まがきすべくもあらぬかなのごときは古文より来たるもの、春の水背戸に田つくらんとぞ思ふ白蓮を剪らんとぞ思ふ僧のさま この「とぞ思ふ」と・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 心にある除熙の絵が働いて、私は朝靄の裡に開いたばかりの一輪の白蓮の花を思い浮べた。そこは鎌倉、建長寺の裏道だ。午前五時、私共は徹夜をした暁の散策の道すがら、草にかこまれた池に、白蓮を見た。靄は霽れきれぬ。花は濡れている。すがすがしさ面・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・今度は白蓮の群落であったが、その白蓮は文字通り純白の蓮の花で、紅の色は全然かかっていない。そういう白蓮に取り巻かれてみると、これまで白蓮という言葉から受けていた感じとはまるで違った感じが迫って来た。それは清浄な感じを与えるのではなく、むしろ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫