・・・渡頭人稀ニ白鷺雙々、舟ヲ掠メテ飛ビ、楼外花尽キ、黄悄々、柳ヲ穿ツテ啼ク。々ノ竿、漁翁雨ニ釣リ、井々ノ田、村女烟ニ鋤ス。一檐ノ彩錦斜陽ニ映ズルハ駝ノ芍薬ヲ売ルナリ。満園ノ奇香微風ニ動クハ菟裘ノ薔薇ヲ栽ルナリ。ソノ清幽ノ情景幾ンド画図モ描ク能ハ・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・大鷲神社の傍の田甫の白鷺が、一羽起ち二羽起ち三羽立つと、明日の酉の市の売場に新らしく掛けた小屋から二三個の人が現われた。鉄漿溝は泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の煙は風に狂いながら流れている。 一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ああ「自ら起て籠を開いて白を放つ」白鷺を放つ。この情。「秋来見月多帰思」境遇の上から実感に犇々と迫るものがあったのだ。 私は夜に向って戸を閉めた。〔一九二五年五月〕 宮本百合子 「春」
志賀直哉氏編、座右宝の中に、除熙の作と伝えられている蓮花図がある。蓮池に白鷺が遊んでいるところを描いたものだが、花をつけた蓮に比べて白鷺が大変小さいように描いてある。いかにも大きく古き蓮池に霊のような白鷺の遊ぶ趣が幽婉に捕・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
出典:青空文庫