・・・御一同の忠義に感じると、町人百姓までそう云う真似がして見たくなるのでございましょう。これで、どのくらいじだらくな上下の風俗が、改まるかわかりません。やれ浄瑠璃の、やれ歌舞伎のと、見たくもないものばかり流行っている時でございますから、丁度よろ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「今日農場内を歩いてみると、開墾のはじめにあなたとここに来ましたね、あの時と百姓の暮らし向きは同じなのに私は驚きました。小作料を徴収したり、成墾費が安く上がったりしたことには成功したかもしれませんが、農場としてはいったいどこが成功してい・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それは百姓で、酒屋から家に帰りかかった酔漢であった。この男は目にかかる物を何でも可哀がって、憐れで、ああ人間というものは善いものだ、善い人間が己れのために悪いことをするはずがない、などと口の中で囁く癖があった。この男がたまたま酒でちらつく目・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・村の往来のすぐ路端に、百姓家の間にあたかも総井戸のごとくにあり。いつなりけん、途すがら立寄りて尋ねし時は、東家の媼、機織りつつ納戸の障子より、西家の子、犬張子を弄びながら、日向の縁より、人懐しげに瞻りぬ。 甲冑堂 橘・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・畑の中に百姓屋めいた萱屋の寺はあわれにさびしい、せめて母の記念の松杉が堂の棟を隠すだけにのびたらばと思う。 姉がまず水をそそいで、皆がつぎつぎとそそぐ。線香と花とを五つに分けて母の石塔にまで捧げた。姉夫婦も無言である、予も無言である。・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・役者になりたいからよろしく頼むなんどと白ばッくれて、一方じゃア、どん百姓か、肥取りかも知れねいへッぽこ旦つくと乳くり合っていやアがる」「そりゃア、あんまり可哀そうだ、わ。あの人がいなけりゃア、東京へ帰れないじゃアないか、ね」「どうし・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを喜兵衛は大切に保管して、翌年再び上府した時、財布の縞柄から金の員数まで一々細かに尋ねた後に返した。これが縁となって、正直と才気と綿密を見込まれて一層親しくしたが、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 翌朝約束の停車場で、汽車から出て来たのは、二人の女の外には、百姓二人だけであった。停車場は寂しく、平地に立てられている。定木で引いた線のような軌道がずっと遠くまで光って走っていて、その先は地平線のあたりで、一つになって見える。左の方の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ しかし、おかみさんが、いつかいったように、百姓の子供らは、十銭の飴チョコを買うことができませんでした。 夏になると、つばめが飛んできました。そして、そのかわいらしい姿を小川の水の面に写しました。また暑い日盛りごろ、旅人が店頭にきて・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・ よくはおぼえていないが、最初に里子に遣られた先は、南河内の狭山、何でも周囲一里もあるという大きな池の傍の百姓だったそうです。里子を預かるくらいゆえ、もとより水呑みの、牛一頭持てぬ細々した納屋暮しで、主人が畑へ出かけた留守中、お内儀さん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫