・・・花圃の北方、地盤の稍小高くなった処に御成座敷と称える一棟がある。百日紅の大木の蟠った其縁先に腰をかけると、ここからは池と庭との全景が程好く一目に見渡されるようになっている。苗のまだ舒びない花畑は、その間の小径も明かに、端から端まで目を遮るも・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・萩もまだ盛りとゆかず、僅に雁来紅、百日紅、はちすの花などが秋の色をあつめている。然し、人気なく木立に蝉の声が頻りな中に、お成座敷の古い茅屋根の軒下に繁る秋草などを眺めると、或る落付きがある。私共は座敷にある俳句を読んだりした。「どうです・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ すぐ目の先に百日紅の赤く咲いて居る縁側を、懐手のまま、所在なさそうにブラリブラリして居るのなどをチラリと見た事もある。 あんな痩せた体で、よくあれだけの人数を食わして行けると、まるで自分に関係の無い事ではあるけれ共、あんまりその人・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・真中に大きな百日紅の木がある。垣の方に寄って夾竹桃が五六本立っている。 車から降りるのを見ていたと見えて、家主が出て来て案内をする。渋紙色の顔をした、萎びた爺さんである。 石田は防水布の雨覆を脱いで、門口を這入って、脱いだ雨覆を裏返・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫