・・・しかしながらこの人の生涯が私を益し、それから今日日本の多くの人を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は事業の贈物にあらずして生涯の贈物を遺した。この人の生涯はすでにご承知の方もありましょうが、チョット申してみましょう。二宮金次・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・よしんば偶然にしてその寿命のみをたもちえても、健康と精神力とがこれにともなわないで、ながく困窮・憂苦の境におちいり、みずからたのしまず、世をも益することなく、碌々・昏々として日を送るほどならば、かえって夭死におよばぬではないか。 けだし・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・得る者は、今の社会には洵とに千百人中の一人で、他は皆不自然の夭死を甘受するの外はない、縦令偶然にして其寿命のみを保ち得ても、健康と精力とが之に伴わないで、永く窮困・憂苦の境に陥り、自ら楽しまず、世をも益するなく、碌々昏々として日を送る程なら・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・は名高いわりに面白くない本であるが、「崇敬とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」としてあったものだ。デカルトあながちぼんくらじゃないと思ったのだが、「羞恥とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」もしくは、「・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・何人をも益することなくして、ただ日本の新聞というものの価値をおとすだけだからである。 五 紙獅子 銀座や新宿の夜店で、薄紙をはり合わせて作った角張ったお獅子を、卓上のセルロイド製スクリーンの前に置き、少しはなれた所か・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・都て是れ坊主の読むお経の文句を聞くが如く、其意味を問わずして其声を耳にするのみ、果して其意味を解釈するも事に益することなきは実際に明なる所にして、例えば和文和歌を講じて頗る巧なりと称する女学史流が、却て身辺の大事を忘却して自身の病に医を択ぶ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・そして、大森氏によって指摘されているこの一種の現実歪曲の根源はと見れば、それは微妙にも当の大森氏が立派な思想は生活とはなれていてもそれとして人々を益すると云っている、微塵悪意のない、だがそこから実際には沢山の抽象論、機械的解釈を発生させる罅・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ ソヴェトのプロレタリア文学、農民文学にとって農民の批評が参考になるのは、彼等の批評そのものの中に現れて来ている正当な判断が作家を益するばかりではない。時にはこの「五月の朝」の連中の或る言葉のように間違ったものにしろ、その間違いが暗示し・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・結びついている大衆の文学的欲求とその表現とがより潤沢に包括されればされるほど、その雑誌は文学の中に地方の現実の着実な観察を反映するものとなって、その地方の読者をよろこばせるばかりでなく、他地方の読者を益することも多くなって来る。 そうい・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・ 人類の歴史の発展において、迂遠なる大道である芸術の路上で、宙がえりやとんぼがえりをいくらしたとて、自他ともに益することは皆無である。少くとも数種の著作をもつ日本の作家や評論家が、不分明な日本語を操っていたうちはともかくそれぞれの立場か・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫