・・・広間の周囲には材料室とか監督官室とかいう札をかけた幾つかの小間があった。梯子段をのぼった処に白服の巡査が一人テーブルに坐っていた。二人は中央の大テーブルに向い合って椅子に腰かけた。「どうかね、引越しが出来たかね?」「出来ない。家はよ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「もっとも今も話したようなわけで、破産騒ぎまでしたあげくだから、取引店の方から帳簿まで監督されてる始末なんで、場合が場合だから、二階へ兄さんたちを置いてるとなると小面倒なことを言うかもしれませんが、しかしそれとてもたいしたことではないん・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・『出家とその弟子』は邦枝完二君の監督で林君、村田君等が、有楽座で上演したのが最初の上演だった。村田実君は青山杉作君の親鸞に唯円を勤めて、自分が監督して京都でやった。後帝劇で舞台協会の山田、森、佐々木君等がはなばなしくやった。今の岡田嘉子・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・ 彼は、彼女をねらっているのが、技師の石川だけじゃないのに気がついた。監督の阿見も、坂田も、遠藤も彼女をねらっていた。「石川さん、お前におかしいだろう。」 井村は、口と口とを一寸位いの近くに合わしながら、そんなことを云ったりした・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・私は何べんも頭をさげて、親としての監督の不行届を平あやまりにあやまって連れてきました。二度目かに娘は「お前はまだレポーターか」って、ケイサツでひやかされて口惜しかったといっていました。私はそんなことを口惜しがる必要はない。早く出て来てくれて・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・それにはチャップリンは出ていなかったが、彼のもので、彼が監督をしていた。彼がそれを見たのは恵子とのことが不快に終ったすぐあとだった。彼には無条件にピタリきた。彼は興奮して一週間のうちに三度もそれを見に行った。札売の女が彼を見知り変な顔をした・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・妹さんは、たった二十歳でも、二十二歳の佐吉さんより、また二十四歳の私よりも大人びて、いつも、態度が清潔にはきはきして、まるで私達の監督者のようでありました。佐吉さんも亦、其の日はいらいらして居る様子で、町の若者達と共に遊びたくても、派手な大・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ その男は、撮影監督の助手をつとめていた。バケツで水を運んだり、監督の椅子を持って歩いたり、さまざまの労役をするのである。そうして、そんな仕事をしている自分の姿を、得意げに、何時間でも見せていたい様子で、男爵もまた、その気持ちを察し、な・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ それだのに、頭の悪い監督の作った映画では、ちょんまげのかつらをかぶって、そうして、舞台ですると同じようなグロテスクなメーキャップにいろどった顔を、遠慮なくクローズアップに映写する。そうして、舞台ですると同じような誇張された表情をさせる・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・同じものが何度も何度も、監督の気に入るまでとり直される。この場合には脚本中における各ショットの位置や順序にはかまわず、背景やセットの同じものを便宜上一度にとってしまうという事も必要になって来る。建築の場合に鋳物は鋳物、ガラスはガラスというふ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫