・・・ 栗島は、憲兵上等兵の監視つきで、事務室へ閉めこまれ、二時間ほど、ボンヤリ椅子に腰かけていた。机の上には、街の女の写真が大きな眼を開けて笑っていた。上等兵は、その写真を手に取って、彼の顔を見ながら、にや/\笑った。女郎の写真を彼が大事が・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それをよく監視せにゃいかんぞ!」「はい。」 松木は、若し交代さして貰えるかと、ひそかにそんなことをあてにして、暫らく中隊長の傍を並んで歩いていた。 彼は蒼くなって居た。身体中の筋肉が、ぶちのめされるように疲れている。頭がぼんやり・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・アメリカは、日本軍を監視するために出兵しているのだ。全く泥棒のような仕業に、自分達だけをこき使う司令官を「馬鹿野郎!」と呶鳴りつけてやりたかった。 栗本は闇を喜んだ。殴られた馬は驚いてはね上った。橇がひっくりかえりそうに、一瞬に五六間も・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・特に今、母はお浪の源三を連れて帰って来たのを見て、わたしはちょいと見廻って来るからと云って、少し離れたところに建ててある養蚕所を監視に出て行ったので、この広い家に年のいかないもの二人限であるが、そこは巡査さんも月に何度かしか回って来ないほど・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・刑事の監視をのがれたいという腹もあった。出来るならば、この都会の群集と雑沓との中に巧みにまぎれ込んで了いたいと思った。しかしそれは矢張徒労であった。一週間と経たない中に刑事は其処にもやって来ていた。勇吉はわくわく震えた。・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・ 親切であるために人の一挙一動は断えず注意深い目で四方から監視されている。たとえば何月何日の何時ごろに、私がすすけた麦藁帽をかぶって、某の橋を渡ったというような事実が、私の知らない人の口から次第に伝わって、おしまいにはそれが私の耳にもは・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・それどころか、ややもすればわれわれの中のさもしい小我のために失われんとする心の自由を見失わないように監視を怠らないわれわれの心の目の鋭さを訓練するという効果をもつことも不可能ではない。 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・「それから船便を求めてあてのない極東の旅を思い立ったが、乗り組んだ船の中にはもうちゃんと一人スパイらしいのが乗っていて、明け暮れに自分を監視しているように思われた。日本へ来ても箱根までこの影のような男がつきまとって来たが、お前のおかげで・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・「これがあるから監視するんだな。可しこんなものを焼捨てて了おう。」というんで、秋山大尉がその手紙を奥さんの目の前で皆な火に燻べて了った。それで奥さんの方も気が弛んだ。 秋山大尉は、そうと油断さしておいて、或日××河へ飛込んだがだ。河・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・そして、トルーマンの公約が選挙のゼスチュアに終らないことを監視している。慣例的な二大政党制はアメリカでうちやぶられた。民主的な人民は、事情によっては彼らの票を集中するウォーレスの党をもっているのであるから。 わたしたちは、こういう事実か・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
出典:青空文庫