・・・天気図によると二十一日午前六時にはかなりな低気圧の目玉が日本海の中央に陣取っていて、これからしっぽを引いた不連続線は中国から豊後水道のあたりを通って太平洋上に消えている。こういう天候で、もし降雨を伴なわないと全国的に火事や山火事の頻度が多く・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・世の中は猫の目玉の様にぐるぐる廻転している。僅か数カ月のうちに往生するのも出来る。月給を棒に振るものも出来る。暮も過ぎ正月も過ぎ、花も散って、また若葉の時節となった。是からどの位廻転するかわからない、只長えに変らぬものは甕の中の猫の中の眼玉・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』下篇自序」
・・・ほんとの船長に目玉を食うぜ」「帰る所なんかねえんだよ。ペイドオフの食いたてなんだ」 浚渫船のデッキから、八つの目が私に向いた。「何丸だ?」「万寿丸よ!」「あんな泥船ならペイドオフの方が、よっ程サッパリしてらあ。いい事をし・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・梟が大股にのっそのっそと歩きながら時々こわい眼をしてホモイをふりかえって見ました。 みんなはおうちにはいりました。 鳥は、ゆかや棚や机や、うちじゅうのあらゆる場所をふさぎました。梟が目玉を途方もない方に向けながら、しきりに「オホン、・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ その時みんなのうしろの方で、フウフウと言うひどい音が聞こえ、二つの目玉が火のように光って来ました。それは例の猫大将でした。「ワーッ。」とねずみはみんなちりぢり四方に逃げました。「逃がさんぞ。コラッ。」と猫大将はその一匹を追いか・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・するとゆっくりと俥から降りて来たのは黄金色目玉あかつらの西根山の山男でした。せなかに大きな桔梗の紋のついた夜具をのっしりと着込んで鼠色の袋のような袴をどふっとはいておりました。そして大きな青い縞の財布を出して、「くるまちんはいくら。」と・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・右手のほうのせなかにはあんまり泣いて潰れてしまった馬の目玉のような赤い円いかたがついていました。キッコは一寸ばかりの鉛筆を一生けん命にぎってひとりでにかにかわらいながら8の字を横にたくさん書いていたのです。ところがみんなはずいぶんひどく・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・第二の精霊 わしの目玉の黒い内はハハハハ…… マ良いワ、があのシリンクスの美くしさと云うたら……ま十年若かったらトナ、お互に思うのも無理であるまいと自分できめて居るのじゃ。ましてこの頃の気候で倍にも倍にも美くしく思われるワ。・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・お魚の目玉にはビタミンAがありませんけれども、頭の方には栄養があるのかも知れません。とにかくお頭という意味で家のお頭に差上げるのでしょう。ビタミンが多いから差上げるという親切からでなく形式で差上げる。お頭にはお頭を差上げて、切身の尻尾の方は・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・どうもボタンなんかをみつめて目玉をくりむくと、てき面にひどく疲れて工合悪く、昨日などの様にいくらか人足めいた品物を動かすような仕事は、細いものをみないために案外疲れません。つまり眠れるように疲れるのです。当分これでは人足ね。でもうちはそうい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫