・・・今も鍛冶屋が軒を並べて、その中に、柳とともに目立つのは旅館であります。 が、もう目貫の町は過ぎた、次第に場末、町端れの――と言うとすぐに大な山、嶮い坂になります――あたりで。……この町を離れて、鎮守の宮を抜けますと、いま行こうとする、志・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 中にも独り老木の梅が大事にする恩償として、今年も沢山花をつけて見せたが、目立つ枯枝にうたた憐憫の情を催おさざるを得なかったのであります。 小川未明 「春風遍し」
・・・小柄だが、角力取りのようにでっぷり肥っているので、その汚なさが一層目立つ。濡雑巾が戎橋の上を歩いている感じだ。 しかし、うらぶれた感じはない。少し斜視がかった眼はぎょろりとして、すれちがう人をちらと見る視線は鋭い。朝っぱらから酒がはいっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・青白い浮腫がむくみ、黝い隈が周囲に目立つ充血した眼を不安そうにしょぼつかせて、「ちょっと現下の世相を……」語りに来たにしては、妙にソワソワと落ち着きがない。綿のはみ出た頭巾の端には「大阪府南河内郡林田村第十二組、楢橋廉吉A型、勤務先大阪府南・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ヘンに目立つような真四角な風呂敷包みを三等車の網棚に載せて、その下の窓ぎわに腰かけながら、私たちはこう囁き合ったりした。不憫なほど窶れきった父の死にぎわの面影が眼に刻まれていたが、汽車に乗りこんで私たちはややホッとした気持になった。も・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・私の白地の浴衣も、すでに季節はずれの感があって、夕闇の中にわれながら恐しく白く目立つような気がして、いよいよ悲しく、生きているのがいやになる。不忍の池を拭って吹いて来る風は、なまぬるく、どぶ臭く、池の蓮も、伸び切ったままで腐り、むざんの醜骸・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・カアキ色のズボンをはいて、開襟シャツ、三鷹の町を産業戦士のむれにまじって、少しも目立つ事もなく歩いている。けれども、やっぱり酒の店などに一歩足を踏み込むと駄目である。産業戦士たちは、焼酎でも何でも平気で飲むが、私は、なるべくならばビイルを飲・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・胸の真紅のカーネーションも目立つ。「つくる」ということが、無かったら、もっともっとこの先生すきなのだけれど。あまりにポオズをつけすぎる。どこか、無理がある。あれじゃあ疲れることだろう。性格も、どこか難解なところがある。わからないところをたく・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ま夏のじぶんには、それでも、夕闇の中に私のゆかたが白く浮んで、おそろしく目立つような気がして、死ぬるほど当惑いたしました。きのう、きょう、めっきり涼しくなって、そろそろセルの季節にはいりましたから、早速、黒地の単衣に着換えるつもりでございま・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・けれども私の身長は五尺六寸五分であるから、街を普通に歩いていても、少し目立つらしいのである。大学の頃にも、私は普通の服装のつもりでいたのに、それでも、友人に忠告された。ゴム長靴が、どうにも異様だと言うのである。ゴム長は、便利なものである。靴・・・ 太宰治 「服装に就いて」
出典:青空文庫