・・・しかし大体の目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろ険のあるくらいである。 女はさも珍らしそうに聖水盤や祈祷机を見ながら、怯ず怯ず堂の奥へ歩み寄った。すると薄暗い聖壇の前に神父が一人跪いている。女はやや驚いた・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・しかしこの本も挿し画の一枚に僕等人間と変りのない、目鼻のある歯車ばかり並べていた。(それは或独逸僕はいつか憂鬱の中に反抗的精神の起るのを感じ、やぶれかぶれになった賭博狂のようにいろいろの本を開いて行った。が、なぜかどの本も必ず文章か挿し画か・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・入した事は、見たまえ、ほっとした草臥れた態で、真中に三方から取巻いた食卓の上には、茶道具の左右に、真新しい、擂粉木、および杓子となんいう、世の宝貝の中に、最も興がった剽軽ものが揃って乗っていて、これに目鼻のつかないのが可訝いくらい。ついでに・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と打棄ったように忌々しげに呟いて、頬冠を取って苦笑をした、船頭は年紀六十ばかり、痩せて目鼻に廉はあるが、一癖も、二癖も、額、眦、口許の皺に隠れてしおらしい、胡麻塩の兀頭、見るから仏になってるのは佃町のはずれに独住居の、七兵衛という親仁である・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・切戸口にも、楽屋の頭が覗いたが、ただ目鼻のある茸になって、いかんともなし得ない。その二三秒時よ。稲妻の瞬く間よ。 見物席の少年が二三人、足袋を空に、逆になると、膝までの裙を飜して仰向にされた少女がある。マッシュルームの類であろう。大人は・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ あるに任して金子も出したではございましょうが、よくまあ、世間は広くッて八人の九人のと目鼻のある、手足のある、胴のある、髪の黒い、色の白い女があったものだと思いますのでございますよ。十人目に十三年生きていたという評判の婦人が一人、それは・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ちょうど緋縮緬のと並んでいた、そのつれかとも思われる、大島の羽織を着た、丸髷の、脊の高い、面長な、目鼻立のきっぱりした顔を見ると、宗吉は、あっと思った。 再び、おや、と思った。 と言うのは、このごろ忙しさに、不沙汰はしているが、知己・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 一人がもう、空気草履の、媚かしい褄捌きで駆けて来る。目鼻は玉江。……もう一人は玉野であった。 紫玉は故郷へ帰った気がした。「不思議な処で、と言いたいわね。見ぶつかい。」「ええ、観光団。」「何を悪戯をしているの、お前さん・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・と主人は、目鼻をくしゃくしゃとさせて苦笑して、茶の中折帽を被り直した。「はやい方が可い、聞くのに――」けれども山吹と藤のほか、村路の午静に、渠等を差覗く鳥の影もなかった。そのかわり、町の出はずれを国道へついて左へ折曲ろうとする角家の小店の前・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 這ったように、低く踞んで、その湯葉の、長い顔を、目鼻もなしに、ぬっと擡げた。 口のあたりが、びくりと動き、苔の青い舌を長く吐いて、見よ見よ、べろべろと舐め下ろすと、湯葉は、ずり下り、めくれ下り、黒い目金と、耳までのマスクで、口が開いた・・・ 泉鏡花 「古狢」
出典:青空文庫