・・・甚太夫は袖乞いに出る合い間を見ては、求馬の看病にも心を尽した。ところがある日葺屋町の芝居小屋などを徘徊して、暮方宿へ帰って見ると、求馬は遺書を啣えたまま、もう火のはいった行燈の前に、刀を腹へ突き立てて、無残な最後を遂げていた。甚太夫はさすが・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「いいや、子供は助かった代りに看病したお松が患いついたです。もう死んで十年になるですが、……」「やっぱりチブスで?」「チブスじゃないです。医者は何とか言っていたですが、まあ看病疲れですな。」 ちょうどその時我々は郵便局の前に・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・その内に祖母は病気の孫がすやすや眠り出したのを見て、自分も連夜の看病疲れをしばらく休める心算だったのでしょう。病間の隣へ床をとらせて、珍らしくそこへ横になりました。 その時お栄は御弾きをしながら、祖母の枕もとに坐っていましたが、隠居は精・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・今日でまる三日の間、譫言ばかり云っている君の看病で、お敏さんは元より阿母さんも、まんじりとさえなさらないんだ。もっともお島婆さんの方は、追善心に葬式万端、僕がとりしきってやって来たがね。それもこれも阿母さんの御世話になっていない物はないんだ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ そんなことをいって、人足たちも看病してやる人はいなかった。ぼくはなんだか気味が悪かった。けれどもあんまりかわいそうなので、こわごわ遠くから頭をなでてやったら、鼻の先をふるわしながら、目をつぶって頭をもち上げた。それを見たらぼくはきたな・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ ここを的に取って看病しよう。こん度来るまでにはきっと独でお上んなさるようにして見せよう。そうすりゃ素人目にも快くおなんなすった解りが早くッて、結句張合があると思ったんですが、もうお医者様へいらっしゃることが出来たのはその日ッきり。新さん、・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ いと恐しき声にもおじず、お貞は一膝乗出して、看病疲れに繕わざる、乱れし衣紋を繕いながら、胸を張りて、面を差向け、「旦那、どうして返すんです。」「離縁しよう。いまここで、この場から離縁しよう。死にかかっている吾を見棄てて、芳之助・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・「看病をいたしますよ。」 お澄は、胸白く、下じめの他に血が浸む。……繻子の帯がするすると鳴った。大正十二年一月 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 望みなら一晩看病をして上げよう。ともかくも今のその話を聞いても、その病人を傍へ寝かしても、どうか可恐しくないように思われるから。」 と小宮山は友人の情婦ではあり、煩っているのが可哀そうでもあり、殊には血気壮なものの好奇心も手伝って、異・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・たとえば、病気の時、お母さんは、子供の傍にいて、夜も碌々眠らずに、看病をして下さる。子供は、お母さんに抱かれていれば、烈しい熱があっても苦しさを感じない。たゞお母さんの胸に顔を当てていれば、たとえ死の苦しみが迫って来ても堪ることが出来る。お・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
出典:青空文庫