・・・しかし我々は、それとともにある重大なる誤謬が彼の論文に含まれているのを看過することができない。それは、論者がその指摘を一の議論として発表するために――「自己主張の思想としての自然主義」を説くために、我々に向って一の虚偽を強要していることであ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事でも決して看過しなかった。十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そこには、ただ本能としてのみ看過されないものがある。これに比して人間は、ただ利害によって彼等を裏切ることをなんとも思っていない。それは、自己防衛する術を知らぬ、動物の報復について考えを要せぬからであります。それ故に、僅かに、神の与えた聡明と・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・多くの社会政策なるものがやはり、こんなようなもので、多くの人の気付くところには、何等かの対策もするが、人々の気付かないところには、犠牲者を冷酷に看過するといっていゝのです。 私達が、これまでの政治に対して、あきたらないものは、こゝに理由・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・とは思ったが、それは小児の釣であるとすればとかくを言うにも及ばぬことであるとして看過すべきであるから宜い。ただ自分に取って困ったことはその児の居場処であった。それは自分が坐りたい処である。イヤ坐らねばならぬところである、イヤ当然坐るべきとこ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・しかも最も簡単なるデモンストレーション的実験においてすら、用意の周到ならざるため、条件のただ一つを看過すれば実験の結果は全く予期に反する事あるは吾人の往々経験する所なり。これらの失敗に際して実験者当人は、必要条件を具備すれば、結果は予期に合・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・しかしそういう例外な事件の記事よりも、日常街頭や家庭に起こりつつある、一見平凡でそうして多数の人が軽々に看過していて、しかも吾人の現在の生活に対して重要な意味のあるような事実を指摘し報道して、いくらかでも人々の精神的の幸福を増し不幸を予防す・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・という簡単な理由から、その研究の結果に正当な注意の目を向けることなしに看過する傾向があるかと思われる。 人間のごとき最高等な動物でも、それが多数の群集を成している場合について統計的の調査をする際には、それらの人間の個体各個の意志の自由な・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・き面々は皆他界の人になって、廟堂にずらり頭を駢べている連中には唯一人の帝王の師たる者もなく、誰一人面を冒して進言する忠臣もなく、あたら君徳を輔佐して陛下を堯舜に致すべき千載一遇の大切なる機会を見す見す看過し、国家百年の大計からいえば眼前十二・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・実際の真面目を言えば、常に能く夜を守らずして内を外にし、動もすれば人を叱倒し人を虐待するが如き悪風は男子の方にこそ多けれども、其処を大目に看過して独り女子の不徳を咎むるは、所謂儒教主義の偏頗論と言う可きのみ。一 女子は稚時より男・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫