・・・「こんな立派な建築を雨晒しにして置くはひどいなあ、近郷に人のない証拠だ、この郡の恥辱だ、随分思い切ったもんだ、県庁あたりでもどうにかしそうなもんだ、つまり千葉県人の恥辱だ、ひどいなあ」 省作はこんなことをひとりで言って、待ち合せる恋・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 誰にも知られぬ、このような侘びしいおしゃれは、年一年と工夫に富み、村の小学校を卒業して馬車にゆられ汽車に乗り十里はなれた県庁所在地の小都会へ、中学校の入学試験を受けるために出掛けたときの、そのときの少年の服装は、あわれに珍妙なものであ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・こんどは、ゆっくり歩いて、県庁のまえまで行くと、人々がお城へ行こう、お城へ行こうと囁き合っているのを聞いたので、なるほどお城にのぼったら、火事がはっきり、手にとるように見えるにちがいないと私もそれに気がついて、人々のあとについて行き、舞鶴城・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・盗賊が紳商に化けて泊っていた時の話、県庁の役人が漁師と同腹になって不正を働いた一条など、大方はこんな話を問わず語りに話した。中には哀れな話もあった。数年前の夏、二階に泊っていた若い美しい人の妻の、肺で死んだ臨終のさまなど、小説などで読めば陳・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ 県庁の入口に立っている煉瓦と石を積んだ門柱四本のうち中央の二本の頭が折れて落ち砕けている。落ちている破片の量から見ると、どうもこの二本は両脇の二本よりだいぶ高かったらしい。門番に聞くと果してそうであった。 新築の市役所の前に青年団・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・たださえ忙しい県庁のお役人様はこの上に山火事の調査まで仰せつかっては困ると言われるかもしれないが、しかしこれも日本のためだと思って、もう少しめんどうを見てもらいたいと思うのである。山が焼ければ間接には飛行機や軍艦が焼けたことになり、それだけ・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 無闇に井戸を掘って熱泉を噴出させたために規則正しい大湯の週期的噴泉に著しい異状を来したというので県庁の命令で附近の新しい噴泉井戸を埋めることになった。自分は官命によってその埋井工事を見学に行ったが、それは実に珍しい見ものであった。二、・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・維新前には藩の調練場であったのが、そのころは県庁の所属になったままで荒れ地になっていた。一面の砂地に雑草が所まだらにおい茂りところどころ昼顔が咲いていた。近辺の子供はここをいい遊び場所にして柵の破れから出入りしていたがとがめる者・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・裁判所の赤煉瓦も、避雷針のある県庁や、学校のいらかも、にぶく光っている坪井川の流れも、白い往還をかすかにうごいている馬も人も、そして自分も、母親も、だれもかれも、うすよごれて、このたいくつな味気ない町にしばりつけられてるようにみえた。「・・・ 徳永直 「白い道」
・・・先月まではぼくは県庁の耕地整理の方へ出てたんだ。ところが部長と喧嘩してね、そいつをぶんなぐってやめてしまったんだ。商売をやるたって金もないしね、やっとその顕微鏡を友だちから借りてこの商売をはじめたんだ。同情してくれ給え。」ペンキ屋「だっ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
出典:青空文庫