・・・ 真夏の日射しはきつかった。麦藁帽の下から手拭を垂らして、日を除けながらトボトボ歩きました。京都へ着くと、もう日が暮れていましたが、それでも歩きつづけて、石山まで行ってやっと野宿しました。朝、瀬多川で顔を洗い、駅前の飯屋で朝ごはんを食べ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・心斎橋筋まで来て別れたが、器用に人ごみの中をかきわけて行くマダムのむっちり肉のついた裸の背中に真夏の陽がカンカン当っているのを見ながら、私はこんど「ダイス」へ行けば危いと呟いた途端、マダムは急に振り向いたが、派手な色眼鏡を掛けた彼女の顔には・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ そこはゴミゴミした町中で、家が建てこみ、風通しが悪かったが、ことにその部屋は西向き故、夏の真夏の西日がカンカン射し込むのだった。さすがの父親もたまりかねたのか、簾をおろし、カーテンを閉めて西日を防いだのは良かったが、序でに窓まで閉めて・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・金を払って外へ出ると、どこへ行くという当てもなく、真夏の日がカンカン当っている盛り場を足早に歩いた。熱海の宿で出くわした地震のことが想い出された。やはり暑い日だった。 十日目、ちょうど地蔵盆で、路地にも盆踊りがあり、無理に引っぱり出され・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
見るさえまばゆかった雲の峰は風に吹き崩されて夕方の空が青みわたると、真夏とはいいながらお日様の傾くに連れてさすがに凌ぎよくなる。やがて五日頃の月は葉桜の繁みから薄く光って見える、その下を蝙蝠が得たり顔にひらひらとかなたこな・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・調べが終った時、「真夏の留置場は苦しいだろう。」 ないことに、検事がそんな調子でお世辞を云った。「ウ、ウン、元気さ。」 俺はニベもなく云いかえした。――が、フト、ズロースの事に気付いて俺は思わずクスリと笑った。然し、その時の・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・――「真夏」の「真昼」だった。遠慮のない大陸的なヤケに熱い太陽で、その辺から今にもポッポッと火が出そうに思われた。それで、その高地を崩していた土方は、まるで熱いお湯から飛びだしてきたように汗まみれになり、フラフラになっていた。皆の眼はのぼせ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
北の国も真夏のころは花よめのようなよそおいをこらして、大地は喜びに満ち、小川は走り、牧場の花はまっすぐに延び、小鳥は歌いさえずります。その時一羽の鳩が森のおくから飛んで来て、寝ついたなりで日をくらす九十に余るおばあさんの家・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 真夏に、東京郊外の、井の頭公園で、それが起った。その日のことは、少しくわしく書きしるさなければならぬ。朝早く、節子に電話がかかって来た。節子は、ちらと不吉なものを感じた。「節子さんでございますか。」女の声である。「はい。」少し・・・ 太宰治 「花火」
・・・たとえばいま、夏から秋にかけての私の服装に就いて言うならば、真夏は、白絣いちまい、それから涼しくなるにつれて、久留米絣の単衣と、銘仙の絣の単衣とを交互に着て外出する。家に在る時は、もっぱら丹前下の浴衣である。銘仙の絣の単衣は、家内の亡父の遺・・・ 太宰治 「服装に就いて」
出典:青空文庫