・・・どれも真新しいシーツにおおわれ、いざと云えば直ぐ役に立つように出来ている。入ったところの寝台へ一人若い女が白い産院の服を着て臥ている。痛む最中と見え、唸って、医員の手をつかまえ、自分の手までひきよせた。「苦しいんですよ。――私死ぬんじゃ・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・荷物もその陰翳にふさわしくて、たとえば真新しいバスケットを提げていれば、その真新しさに或る悲しさがあるような雰囲気である。そのような上野独特の旅客が山下まで溢れた中には、旧盆に故郷へかえる男女の産業戦士が大部分を占めていることも新聞に報告さ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・父の真新しい墓標の上にもこの雪が降りつもっている、私は麻痺した頭でそう考えた。中條精一郎墓と書かれた墓標をめぐって、ここで見上げていると同じに雪片が絶え間なく舞い飛ぶ有様がまざまざと目に泛び、優しい、悲しい、同時によろこばしいような感動が鋭・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫