・・・屋後の丘に立ちて望めば富士山真白ろに連山の上に聳ゆ。風清く気澄めり。 げに初冬の朝なるかな。 田面に水あふれ、林影倒に映れり」十二月二日――「今朝霜、雪のごとく朝日にきらめきてみごとなり。しばらくして薄雲かかり日光寒し」同二・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・一面に霜が降りた曠野は、月で真白だった。凍った大地はなお、その上に凍ろうとしていた。三人が歩くと、それがバリ/\と靴に踏み砕かれて行った。 一町ほど向うの溝の傍で、枯木を集めようとして、腰をのばすと浜田は、溝を距てゝ、すこし高くなった平・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ ところが、本当に今年のこっちの冬というのは十何年振りかの厳寒で、金物の表にはキラ/\と霜が結晶して、手袋をはかないでつかむと、指の皮をむいてしまうし、朝起きてみると蒲団の息のかゝったところ一面が真白にガバ/\に凍えている、夜中に静かに・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 自動車がくねくね電光型に曲折しながら山をのぼるにつれて、野山が闇の空を明るくするほど真白に雪に覆われているのがわかって来た。「寒いのね。こんなに寒いと思わなかったわ。東京では、もうセル着て歩いているひとだってあるのよ。」運転手にま・・・ 太宰治 「姥捨」
イエスが十字架につけられて、そのとき脱ぎ捨て給いし真白な下着は、上から下まで縫い目なしの全部その形のままに織った実にめずらしい衣だったので、兵卒どもはその品の高尚典雅に嘆息をもらしたと聖書に録されてあったけれども、 妻・・・ 太宰治 「小志」
・・・そのおなじ日の夕方帰宅して見ると茶の間の真中に一匹の真白な小猫が坐り込んですましてお化粧をしていた。家人に聞いてみると、どこからともなく入り込んで来て、そうして、すっかりわがもの顔に家中を歩き廻っているそうである。それが不思議なことには死ん・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・その馬のからだ一面から真白な蒸気が仰山に立ち昇っていた。並んで坐っていた連れの男は「コロッサアル、コロッサアル」と呟いていた。私は何となしに笑いたくなって声を出して笑った。連れの男は何遍となく「コロッサアル」を繰返しては湯気の立つ馬をまじま・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・河原も道路も蒼白い月影を浴びて、真白に輝いていた。対岸の黒い松原蔭に、灯影がちらほら見えた。道路の傍には松の生い茂った崖が際限もなく続いていた。そしてその裾に深い叢があった。月見草がさいていた。「これから夏になると、それあ月がいいですぜ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・道太はというと、彼は口髭がほとんど真白であった。彼をここへ連れてきたことのある、そのころの父の時代をも、おそらく通り過ぎていた。お絹の年をきいて、彼は昨夜驚いたのであった。道太の妻よりも二つも上であった。しかし踊りやお茶の修養があるのと、気・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 当時わたくしは若い美貌の支那人が、辮髪の先に長い総のついた絹糸を編み込んで、歩くたびにその総の先が繻子の靴の真白な踵に触れて動くようにしているのを見て、いかにも優美繊巧なる風俗だと思った。はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな・・・ 永井荷風 「十九の秋」
出典:青空文庫