・・・河に沿うて、河から段々陸に打ち上げられた土沙で出来ている平地の方へ、家の簇がっている斜面地まで付いている、黄いろい泥の道がある。車の轍で平らされているこの道を、いつも二輪の荷車を曳いて、面白げに走る馬もどこにも見えない。 河に沿うて付い・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・に命じて天文を觀測せしめ民に暦を頒ちしをいひ、羲仲を嵎夷に居らしめ、星鳥の中するを以て春分を定め、羲叔を南交にやりて星火の中するを以て夏至を定め、和仲を昧谷におきて星虚の中するを以て秋分とし、和叔を朔方にをらしめて星昴の中するを以て冬至を定・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ そのうちにウイリイは、ふと、向うの方に何かきらきら光るものが落ちているのに目をとめました。それは金のような光のある、一まいの鳥の羽根でした。ウイリイは、めずらしい羽根だからひろっていこうと思って、馬から下りようとしました。すると馬が止・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・お嫁さんの方がひどいかも知れないわ。今お前さんのそうしてつくねんとしているところを見ると、わたしその連中を見た時のような心持がするわ。今になって思って見ればね、お前さんはあの約束をおしの人を亭主に持った方が好かったかも知れな・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・奥さんはまだ一度もその村に行った事はありませんが、島の向こう側で日の落ちる方にあるという事は知っていました。またそこに行く途中には柵で囲まれた六つの農場と、六つの門とがあるという事を、百姓から聞かされていました。 でいよいよ出かけました・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・生れ落るとから、唇の戦きほか言葉を持たずに来たものは、表し方に限りがなく、海のように深く、曙、黄昏が光りや影を写す天のように澄んだ眼の言語をならいました。唖は、自然が持っているような、寂しい壮麗さを持っているのです。其故、他の子供達は、スバ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・けれども、いまの解析の本すべてが、不思議に、言い合せたように、平気でドイツ式一方である。伝統というものは、何か宗教心をさえ起させるらしい。数学界にも、そろそろこの宗教心がはいりこんで来ている。これは、絶対に排撃しなければならない。老博士は、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 中にもどこへ顔を出しても、人の注意を惹くのは、竜騎兵中尉の方である。画にあるような美男子である。人を眩するような、生々とした気力を持っている。馬鹿ではない。ただ話し振りなどがひどくじだらくである。何をするにも、努力とか勉強とか云うこと・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ あれよりは……あそこにいるよりは、この闊々とした野の方がいい。どれほど好いかしれぬ。満洲の野は荒漠として何もない。畑にはもう熟しかけた高粱が連なっているばかりだ。けれど新鮮な空気がある、日の光がある、雲がある、山がある、――すさまじい・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 晩には方々歩いたっけ。珈琲店はウィクトリアとバウエルとへ行った。それから黒猫やリンデンや抜裏なんぞの寄席にちょいちょい這入って覗いて見た。その外どこかへ行ったが、あとは忘れた。あの時は新しく買った分の襟を一つしていた。リッシュに這入っ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫