・・・既に形式的に出来上っているところの主義の為めの作物、主義の為めの批評と云うものは、虚心平気で、自己対自然の時に感じた真面目な感じとは是非区別されるものと思う。 よく真面目と云うことを云う。僕はこの真面目と云うことは即ち自分が形式に囚われ・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 私ゃ真面目で談してるんだよ」「俺も真面目さ」「まあ笑談は措いて、きっとこれから金さんの気に入ろうというのを世話するから、私に一つお任せなね」「そりゃ任せようとも、お前に似てさえいりゃ俺の気に入るんだから」「およしよ、からか・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ と、ひどく真面目な表情で言った。それでは、ここで私を待ち伏せていたのかと、返事の仕様もなく、湯のなかでふわりふわりからだを浮かせていると、いきなり腕を掴まれた。「彼女はなんぞ僕の悪ぐち言うてましたやろ?」 案外にきつい口調だっ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・と横井は小首を傾げて急に真面目な調子になり「併し、そりゃ君、つまらんじゃないか。そんな処に長居するもんじゃないよ。気持を悪くするばかしで、結局君の不利益じゃないか。そりゃ先方の云う通り、今日中に引払ったらいゝだろうね」「出来れば無論今日・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・おそらくこれは近年僕の最も真面目になった瞬間だ。よく聞いていてくれ給え。 それは実に明るい、快活な、生き生きした海なんだ。未だかつて疲労にも憂愁にも汚されたことのない純粋に明色の海なんだ。遊覧客や病人の眼に触れ過ぎて甘ったるいポートワイ・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・と今まで黙って半分眠りかけていた、真紅な顔をしている松木、坐中で一番年の若そうな紳士が真面目で言った。「ハッハッハッハッ」と一坐が噴飯だした。「イヤ笑いごとじゃアないよ」と上村は少し躍起になって、「例えてみればそんなものなんで、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 子どももなく、生活にも困らない夫婦は、何か協同の仕事を持つことで、真面目な課題をつくるのが、愛を堅め、深くする方法ではあるまいか。 すなわち学校、孤児院の経営、雑誌の発行、あるいは社会運動、国民運動への献身、文学的精進、宗教的奉仕・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・滑稽に聞える音調を、老人は真面目な顔で喋っていた。黄色い、歯糞のついた歯が、凋れた唇の間からのぞき、口臭が、喇叭状に拡がって、こっちの鼻にまで這入ってきた。彼は、息を吐きかけられるように不潔を感じた。「一寸居ってくれ給え。」 曹長は・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それは、いつもの通りに、古代の人のような帽子――というよりは冠を脱ぎ、天神様のような服を着換えさせる間にも、いかにも不機嫌のように、真面目ではあるが、勇みの無い、沈んだ、沈んで行きつつあるような夫の様子で、妻はそう感じたのであった。 永・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・三兄は、決してそのお仲間に加わらず、知らんふりして自分の席に坐って、凝ったグラスに葡萄酒をひとりで注いで颯っと呑みほし、それから大急ぎでごはんをすまして、ごゆっくり、と真面目にお辞儀して、もう掻き消すように、いなくなってしまいます。とても、・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫