・・・ 川島は真顔にたしなめた。けれども小栗はまっ赤になりながら、少しも怯まずに云い返した。「嘘をついていらあ。この前に大将を俘にしたのだってあたいじゃないか?」「そうか? じゃこの次には大尉にしてやる。」 川島はにやりと笑ったと・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・小母さんは、そのおばけを、魔を、鬼を、――ああ、悪戯をするよ、と独言して、その時はじめて真顔になった。 私は今でも現ながら不思議に思う。昼は見えない。逢魔が時からは朧にもあらずして解る。が、夜の裏木戸は小児心にも遠慮される。……かし・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ とけろりとして真顔にいう。 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ま、ま、真顔を見さいな。笑わずにいられるか。 泡を吐き、舌を噛み、ぶつぶつ小じれに焦れていた、赤沼の三郎が、うっかりしたように、思わず、にやりとした。 姫は、赤地錦の帯脇に、おなじ袋の緒をしめて、守刀と見参らせたは、あらず、一管の玉・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ いいかけて渠はやや真顔になりぬ。「一体お前様まあ、どうしたというんですね、驚いたじゃアありませんか。」「何をいうんだ。」「あれ、また何をじゃアありませんよ。盗人を捕えて見ればわが児なりか、内の御新造様のいい人は、お目に懸る・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 真顔で言うのを聞きながら、判事は二ツばかり握拳を横にして火鉢の縁を軽く圧えて、確めるがごとく、「あの鼻が、活如来?」「いいえ、その新聞には予言者、どういうことか私には解りませんが、そう申して出しましたそうで。何しろ貴方、先の二・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 客は、手を曳いてくれないでは、腰が抜けて二階へは上れないと、串戯を真顔で強いると、ちょっと微笑みながら、それでも心から気の毒そうに、否とも言わず、肩を並べて、階子段を――上ると蜿りしなの寂しい白い燈に、顔がまた白く、褄が青かった。客は・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・と、おくれ馳せながら、正体見たり枯尾花流に――続いて説明に及ぶと、澄んで沈んだ真顔になって、鹿落の旅館の、その三つ並んだ真中の厠は、取壊して今はない筈だ、と言って、先手に、もう知っている。…… はてな、そういえば、朝また、ようをたした時・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ と洒落でもないようで、納まった真顔である。「むむ、……まあ、そうでもないがね。」 と今度は客の方で顔を見た。目鼻立は十人並……と言うが人間並で、色が赤黒く、いかにも壮健そうで、口許のしまったは可いが、その唇の少し尖った処が、化・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 真顔になりて謂う風情、酒の業とも思われざりき。女はようよう口を開き、「伯父さん、あなたまあ往来で、何をおっしゃるのでございます。早く帰ろうじゃございませんか」 と老人の袂を曳き動かし急ぎ巡査を避けんとするは、聞くに堪えざる伯父・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
出典:青空文庫