・・・文学そのものが客観的現実に対する眼光の確かな洞察力を失い、創造力の豊かな社会的地盤を失った時、よりイージーで小規模な人生と芸術への主観的角度をもつ随筆の流行を見るのであるから、この意味で科学者の無方向な随筆活動への参加は二重の力で文化を下り・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・赧い赧い頬、それと極めて鮮やかな対照をなしつつぽやぽやっと情熱的にほやついている漆黒な髪、特色ある早口、時々私を視る眼光の鋭さ。生活力の横溢が到るところに感じられた。同時に、単純でない何ものか――謂わば狷介というようなものをも一面感じられる・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
・・・「数時間後、炯々たる眼光のずんぐりした男が、着物を乱し、でこぼこ帽子をかぶって印刷屋から出て行った。通行人は一人ならず彼を天才であると察して恭々しく挨拶をした。」毎夕六時になると、有名なトルコ玉のステッキと伊達者ぶりの服装でバルザックは愛人・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・そのくせに坐り丈はなかなかあッて、そして(少女の手弱腕首が大層太く、その上に人を見る眼光が……眼は脹目縁を持ッていながら……、難を言えば、凄い……でもない……やさしくない。ただ肉が肥えて腮にやわらかい段を立たせ、眉が美事で自然に顔を引き立た・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・長い廊下に添った部屋部屋の窓から、絶望に光った一列の眼光が冷たく彼に迫って来た。 彼は妻の病室のドアーを開けた。妻の顔は、花瓣に纏わりついた空気のように、哀れな朗かさをたたえて静まっていた。 ――恐らく、妻は死ぬだろう。 彼は妻・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・我々は自己の運命を最もよく伸びさせるために、いたずらに過去をくやしがるような愚に陥らないで、執拗な眼光を自己の内に投げなければならぬ。五 私の思索はまた「外から迫って来るように感ぜられる運命」の上に移った。そうしてイキナリ私・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫