・・・左右ともに水田のつづいた彼方には鉄道線路の高い土手が眼界を遮っていた。そして遥か東の方に小塚ッ原の大きな石地蔵の後向きになった背が望まれたのである。わたくしはもし当時の遊記や日誌を失わずに持っていたならば、読者の倦むをも顧ずこれを採録せずに・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・評家もまた眼界を広くして必要の場合には作物に対するごとにその見地を改めねば活きた批評はできまい。読者は無論の事、いろいろな種類のものを手に応じて賞翫する趣味を養成せねば損であろう。余は先に「作物の批評」と題する一篇を草して批評すべき条項の複・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・我封建の時代に諸藩の相互に競争して士気を養うたるもこの主義に由り、封建すでに廃して一統の大日本帝国と為り、さらに眼界を広くして文明世界に独立の体面を張らんとするもこの主義に由らざるべからず。 故に人間社会の事物今日の風にてあらん限りは、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 平和と建設の生活を確保するために、わたしたちは、どんなに眼界のひろい、世界の実際の事情に通じた人民とならなければならないだろう。日本が地理的に大陸からぐるりを海できりはなされているという偶然の条件を、もうこれ以上人民の歴史の不幸の原因・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・ 投書に答えたことばじりをとらえて、私が文化反動との闘争をそらそうとでもしているかのようにこじつける河上氏の眼界はあんまり小さい。これまで文化反動に対して私がいろんな場面でどのようにたたかってきているか、また現在小説・評論などによってど・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・私共が箇性的差異として、各自の国民性を持ちながらも、世界人として生活し始めた今日、世界各処に発生し、発達した種々な生活意識、様式を、悉く、人の価値、人の理想と云う眼界にまで敷衍して考えたいと思います。 故に、或る観念に刺衝せられた場合の・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・其時人々の前には、眼界遙かに穏やかな入海と、櫛比した町々の屋根が展開される。 今籠町の黄檗宗崇福寺へ行って、唐門前の石欄から始めて夕暮の市を俯瞰した時、その心理的効果がはっきり感じられて面白かった。 崇福寺は由緒も深く、建築も特別保・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 航空能力は、人類生活のよろこびと、よりひろい眼界をもつことによって、より宇宙的人類に生長してゆくために、全人類に解放されなければならない。他のあらゆるよいもの、賢いもの、美しいもの、有用なものと同様に。石炭、石油、鋼鉄そのほかさまざま・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・彼の眼界は、日本、シナ、インドの全体にわたり、仏教哲学、程朱の学、日本の古典などにすべて通じている。著書も多く、当時の学問の集大成の観がある。したがって思想傾向も、一切を取り入れて統一しようという無傾向の傾向であって、好くいえば総合的、悪く・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・古い偶像とともに力強く再興した唯物論も、新時代の自然科学的運動の動機となりながら、その花々しい新眼界展開の陰に隠されてしまった。 文芸復興の運動はいろいろの意味で偶像破壊の運動だったに相違ない。しかし根本においてはそれは字義通りに古代の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫