・・・恩を着せるようにとられても厭ですが、自分は君の短篇集をちょっと覗いてみて、安心していいものがあるように思われましたから、気も軽くなって不取敢お礼を差し上げたのです。お礼の言葉が短かすぎて君はたいへん不満のようですが、お礼には、誠実な「ありが・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・服装なんか、どうでもいいものだとは、昔から一流詩人の常識になっていて、私自身も、服装に就いては何の趣味も無し、家の者の着せる物を黙って着ていて、人の服装にも、まるで無関心なのであるが、けれども、やはり、それにも程度があって、ズボン一つで、上・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・お湯からあげて着物を着せる時には、とても惜しい気がする。もっと裸身を抱いていたい。 銭湯へ行く時には、道も明るかったのに、帰る時には、もう真っ暗だった。燈火管制なのだ。もうこれは、演習でないのだ。心の異様に引きしまるのを覚える。でも、こ・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・できない演説を無理にやるのは全くこのためで、やりつけないものを受け合ったからと云って、けっして恩に着せる訳ではありません。全く大なる光栄と心得てここへ出て来たのである。が繰返して云う通り、演説はできず講義としては纏まらず、定めて聞苦しい事も・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・それだのに、私はあの人に経帷布を着せる代りに、セメント袋を着せているのですわ! あの人は棺に入らないで回転窯の中へ入ってしまいましたわ。 私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬られているのです・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・ 可愛ゆいと云っても、徒に贅沢な着物を着せるではなく、ちやほやするではなく、たとい転んで泣いても自分で起きさせ、自分で壊した玩具なら、自分でなおすなり、工夫してそれを巧く使えるようにするなり、何でも自発力で生活させようとする意識は、如何・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 洗いざらしでも子供に着せる日曜着がある者がヴィクトリア公園に出て来て遊んでいた。入ったばかりの樹の下に路傍演説者が何人も札を下げた台を持ち出し、思想陳列をやっている。 ┌──────┐ │基督顕示協会│ ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・すると、おばあさんがそこだけ切って縫いちぢめて、次の冬また着せる。二年、三年とそれを着て、結婚の話が起るようになって、見合いの写真をとったのが今もあるが、少し色の褪せかけた手札形の中で、角帽をかぶり、若々しい髭をつけた父が顔をこちらに向けて・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫