・・・監督が父の代から居ついていて、着実で正直なばかりでなく、自分を一人の平凡人であると見切りをつけて、満足して農場の仕事だけを守っているのは、彼の歩いて行けそうな道ではなかったけれども、彼はそういう人に対して暖かい心を持たずにはいられなかった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・今日我々の父兄は、だいたいにおいて一般学生の気風が着実になったといって喜んでいる。しかもその着実とはたんに今日の学生のすべてがその在学時代から奉職口の心配をしなければならなくなったということではないか。そうしてそう着実になっているにかわらず・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・科学者のM君は積分的効果を狙って着実なる戦法をとっているらしく、フランス文学のN君はエスプリとエランの恍惚境を望んでドライブしているらしく、M夫人の球はその近代的闊達と明朗をもってしてもやはりどこか女性らしいやさしさたおやかさをもっているよ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・それについては既に従来にも我国の気象学者の間に色々の詳しい研究があり、次第にその問題の解決に向かって着実な考察の歩を進めているのであるが、しかし、それはなかなか素人の考えるような容易な仕事でないのであって、先ず何よりも出来るだけ多くの精密な・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・如何にも兵隊さんの細君らしい人などが赤ん坊を負ぶっているのに針を通してやっている人がやはり同じ階級らしいおばさんや娘さんらしい人であったりすると実に物事が自然で着実でどうにも悪い心持のしようがない。そうした事柄が如何にも純粋に日本的だという・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・て多年の成跡を見るに、幾百の生徒中、時にあるいは不行状の者なきに非ずといえども、他の公私諸学校の生徒に比して、我が慶応義塾の生徒は徳義の薄き者に非ず、否なその品行の方正謹直にして、世事に政談にもっとも着実の名を博し、塾中、つねに静謐なるは、・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ ゆえに、子女の養育に注意する人は、そのようやく長ずるにしたがって次第に世間の人事にあたらしむるの要用なるを知り、あるいは飲酒といい演劇といい、謹慎着実なる父母の目には面白からぬ事ながら、とうていこれを禁ずべきに非ざれば、この好むところ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・だが、わたしたちが世界史のすすみゆく現実と、日本の人民の未来とを着実にみとおして、本当に日本の文学がより多数の日本の人々のヒューマニティを語るものとなるような創作の方向をみいだそうとするとき、現実と文学の関係において、作家の人間的・社会的責・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・複雑な要因に立つ異性の間の友情が、いたるところで一見まことに単純自然な花々を開かせているという気持よい人間的美観は、私たちの気短かい期待でいきなり明日に求めても無理で、個人と社会とのそこに到ろうとする着実な一歩一歩のうちに実現されて行く可能・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・権力を失うまいとするものが、どんなに卑しく膝をかがめて港々に出ばろうとも、着実真摯な男女市民の人生は、個人と民族の基本的人権のありどころを見失わないで、粘りづよく現実に、自主的で民主的な運命の展開のためにたたかわれてゆかなければならないと思・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫