・・・いよいよ着手してから描き終るまでは誰にも会わないで、この画のために亡師椿年から譲られた応挙伝来の秘蔵の大明墨を使用し尽してしまったそうだ。椿岳が一生の大作として如何にこの画に精神を注いだかは想像するに余りがある。幸いこの画は地震の禍いをも受・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・之を重視するのが誤まっておるのだが、二十五六年前には全然社会から無視せられていた文芸の存在を政府が認めて文芸審査に着手したのは左も右くも時代の大進歩である。 文学も亦一つの職業である。世間には往々職業というと賤視して顰蹙するものもあるが・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・の長者に取って代って陪臣内閣を樹立したのは、無爵の原敬が野人内閣を組織したよりもヨリ以上世間の眼をらしたもんで、この新鋭の元気で一足飛びに欧米の新文明を極東日本の蓬莱仙洲に出現しようと計画したその第一着手に、先ず欧化劇の本舞台として建設した・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・いや、それどころか、坂田は花田八段の第一手七六歩を受けた第一着手に、再び端の歩を一四歩と突いたのである。さきには右の端を九四歩と突き、こんどは左の端を一四歩と突く。九四歩は最初に蛸を食った度胸である。一四歩はその蛸の毒を知りつつ敢て再び食っ・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・これは長いものになるが、今年中か来年のはじめには着手するつもりだ。僕の小説に思想がないとか、真実がないとか言っている連中も、これを読めば、僕が少くとも彼等よりもギリギリの人生を考えて来た男であることは判るはずだ。 人間的にいわゆる大・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ この日、兄の貫一その他の人々は私塾設立の着手に取りかかり、片山という家の道場を借りて教場にあてる事にした。この道場というは四間と五間の板間で、その以前豊吉も小学校から帰り路、この家の少年を餓鬼大将として荒れ回ったところである。さらに維・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・サアこれからだ、所謂る額に汗するのはこれからだというんで直に着手したねエ。尤も僕と最初から理想を一にしている友人、今は矢張僕と同じ会社へ出ているがね、それと二人で開墾事業に取掛ったのだ、そら、竹内君知っておるだろう梶原信太郎のことサ……」・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・そしてその具体的研究の第一着手は倫理的な問いから発足しなければならぬ。問いはすべての初めである。しかもまた問いはその解決でさえもあるのだ。ハイデッガーが「問いは何ものかへの問いとして『問われているもの』を持っている」といってるように、問いの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・その計画し、もしくは着手した事業を完成せず、中道にして廃するのを遺憾とするのもある。子孫の計がいまだならず、美田をいまだ買いえないで、その行く末を憂慮する愛着に出るのもあろう。あるいは単に臨終の苦痛を想像して、戦慄するのもあるかも知れぬ。・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・るのである、来世の迷信から其妻子・眷属に別れて独り死出の山、三途の川を漂泊い行く心細さを恐るるのもある、現世の歓楽・功名・権勢、扨は財産を打棄てねばならぬ残り惜しさの妄執に由るのもある、其計画し若くば着手せし事業を完成せず、中道にして廃する・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫