・・・幸い踏切りの柵の側に、荷をつけた自転車を止めているのは知り合いの肉屋の小僧だった。保吉は巻煙草を持った手に、後ろから小僧の肩を叩いた。「おい、どうしたんだい?」「轢かれたんです。今の上りに轢かれたんです。」 小僧は早口にこう云っ・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・仲間と云おうか親分と云おうか、兎に角私が一週間前此処に来てからの知合いである。彼の名はヤコフ・イリイッチと云って、身体の出来が人竝外れて大きい、容貌は謂わばカザン寺院の縁日で売る火難盗賊除けのペテロの画像見た様で、太い眉の下に上睫の一直線に・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・勿論、知合になったあとでは失礼ながら、件の大革鞄もその中の数の一つではあるが――一人、袴羽織で、山高を被ったのが仕切の板戸に突立っているのさえ出来ていた。 私とは、ちょうど正面、かの男と隣合った、そこへ、艶麗な女が一人腰を掛けたのである・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・私だって何も彼家へは御譜代というわけじゃあなしさ、早い話が、お前さんの母様とも私あ知合だったし、そりゃ内の旦那より、お前さんの方が私ゃまったくの所、可愛いよ。可いかね。 ところでいくらお前さんが可愛い顔をしてるたって、情婦を拵えたって、・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 吉弥はすぐ乗り気になって、いよいよそうと定まれば、知り合いの待合や芸者屋に披露して引き幕を贈ってもらわなければならないとか、披露にまわる衣服にこれこれかかるとか、かの女も寝ころびながら、いろいろの注文をならべていたが、僕は、その時にな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・沼南と私とは親しい知り合いでなかったにしろ、沼南夫妻の属するU氏の教会と私とは何の交渉がなかったにしろ、良心が働いたなら神の名を以てする罪の裁きを受ける日にノメノメ恥を包んで私の前へは出て来られないはずであるのを、サモ天地に恥じない公明正大・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ が、その女は何者である乎、現在何処にいる乎と、切込んで質問すると、「唯の通り一遍の知り合いだからマダ発表する時期にならない、」とばかりで明言しなかった。が、「一見して気象に惚れ込んだ、共に人生を語るに足ると信じたのだ、」と深く思込んだ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 真吉は、お母さんの知り合いの呉服店を思い出しました。そこで堤燈を借りてゆこうと立ち寄りました。ふいに、真吉が帰ってきたので、呉服店のおかみさんは、おどろいて、「まあ、どうして帰っていらしたか。」と、たずねました。 真吉は、お母・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・と男は潔く首を掉って、「お互いに小児の時から知合いで、気心だって知って知って知り抜いていながら、それが妙な羽目でこうなるというのは、よくよく縁がなかったんだろう! いや、こうなって見るとちと面目ねえ、亭主持ちとは知らずに小厭らしいことを聞か・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「じゃ、荒神口に御親戚かお知り合いがあるわけですね」「ところが、全然心当りがないんです。荒神口なんて一度も聴いたことがないんです」「しかし、おかしいですね。荒神口に心当りがあれば、たぶんそこで待っておられるわけでしょうが、そうで・・・ 織田作之助 「郷愁」
出典:青空文庫