・・・「なんだ、お知り合いでしたか、丁度よかった。じゃ忘年会ということにして……」 天辰の主人の思いがけない陽気な声に弾まされて、ガヤガヤと二階へ上る階段の途中で、いきなりマダムに腕を抓られた。ふと五年前の夏が想い出されて、遠い想いだった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その辺の附近の安宿に行くほか、何処と云って指して行く知合の家もないのであった。子供等は腰掛へ坐るなり互いの肩を凭せ合って、疲れた鼾を掻き始めた。 湿っぽい夜更けの風の気持好く吹いて来る暗い濠端を、客の少い電車が、はやい速力で駛った。生存・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・姉夫婦は義兄の知合いの家へ一晩泊って、博覧会を見物して帰るつもりで私たちより一足さきに出かけた。私たちは時間に俥で牛込の家を出た。暑い日であった。メリンスの風呂敷包みの骨壺入りの箱を膝に載せて弟の俥は先きに立った。留守は弟の細君と、私の十四・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ ふと思いついたのは、今から二月前に日本橋のある所で土方をした時知り合いになった弁公という若者がこの近所に住んでいることであった。道悪を七八丁飯田町の河岸のほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキ葺の棟の低い家がある。もう雨・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・「君は、その爺さんと知り合いかって訊ねられただろう?」松本は意味ありげにきいた。「いや。」「露西亜語を教わりに行く振りをして、朝鮮人のところへ君は、行っとったんじゃないんか?」「いつさ。」「最近だよ。」「なぜ、そんな・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それは旅中で知合になった遊歴者、その時分は折節そういう人があったもので、律詩の一、二章も座上で作ることが出来て、ちょっと米法山水や懐素くさい草書で白ぶすまを汚せる位の器用さを持ったのを資本に、旅から旅を先生顔で渡りあるく人物に教えられたから・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・しかし、その私が北村君と短い知合になった間は、私に取っては何か一生忘れられないものでもあり、同君の死んだ後でも、書いた反古だの、日記だの、種々書き残したものを見る機会もあって、長い年月の間私は北村君というものをスタディして居た形である。『春・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ すると、或とき、知合の家に御婚礼があって、ギンも夫婦でよばれていきました。二人はじぶんたちの馬が草を食べている野原をとおっていきました。そうすると女は、途中で、あんまり遠いから、私はよして家へかえりたいと言いました。ギンは、「だっ・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・一体わたしとお前さんと知合いになった初めのことを思って見ると変だわ。なんだかお前さんが気になってね。ちっとも目が放されないような気がしたのだわ。往く時も帰る時も、なりたけお前さんの傍に引っ付いているようにしたのだわ。なんでも・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・という川端康成氏の短篇集の扉には、夢川利一様、著者、と毛筆で書かれて在って、それは兄が、伊豆かどこかの温泉宿で川端さんと知り合いになり、そのとき川端さんから戴いた本だ、ということになっていたのですが、いま思えば、これもどうだか、こんど川端さ・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫