・・・しかしこのカッフェは短時間の間にすっかり容子を改めていた。就中僕を不快にしたのはマホガニイまがいの椅子やテエブルの少しもあたりの薔薇色の壁と調和を保っていないことだった。僕はもう一度人目に見えない苦しみの中に落ちこむのを恐れ、銀貨を一枚投げ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・御前彫刻などには大抵刀の進み易いものを用いて短時間に功を挙げることとする。なるほど、火、火とのみ云って、火の芸術のみを難儀のもののように思っていたのは浅はかであったと悟った。「なるほど。何の道にも苦しい瀬戸はある。有難い。お蔭で世界を広・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・祖母が糸車で一生涯かかって紡ぎ得たであろうと思う糸の量が数え切れない機械の紡錘から短時間に一度に流れ出していた。そこにはあのゆるやかな抑揚ある四拍子の「子守り歌」の代わりに、機械的に調律された恒同な雑音と唸り音の交響楽が奏せられていた。・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・それが実に呼吸をつく間もない短時間に交互錯綜してスクリーンの上に現滅するのである。 昨年見た「流行の王様」という映画にも黒白の駝鳥の羽団扇を持った踊り子が花弁の形に並んだのを高空から撮影したのがあり、同じような趣向は他にもいくらもあった・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・この現象は短時間で消え馬はたおれるというのである。この二説は磯氏も注意されたように相互に類似している。これを科学的な目で見ると要するに馬の頭部の近辺に或る異常な光の現象が起こるというふうに解釈される。 次に注意すべきは、この怪異の起こる・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・一秒の五十分の一くらいな短時間にでもあらゆるものをすっかり認めて一度に覚え込んでしまうのである。 その上にわれわれの二つの目の網膜には映じていながら心の目には少しも見えなかったものをちゃんとこくめいに見て取って細かに覚えているのである。・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・例えば短時間の強い光源としてのアンダーソンの針金の電気爆発を使う代りに水銀のフィラメントの爆発を使ったり、また電扇の研究と聯関して気流の模様を写真するために懐炉灰の火の子を飛ばせるといったようなことも試みた。無闇に読みもしない書物を並べ立て・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・稲妻のぴかりとする時間は一秒の百万分一という短時間で、これに照らして見れば砲丸でも止まって見える。あまり時間が短いから左程強く目には感ぜぬが、その実、月の光などに比べては比較にならぬほど強い光である。時としては天の真上で稲光がしてやはり音の・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・できるだけ短時間に、できるだけ少しの力学的仕事を費やして、与えられた面積を刈り終わるという数学的の問題もあった。刈りかけた中途で客間から見た時になるべく見にくくないようにという審美的の要求もあった。いちばん延び過ぎた所から始めるという植物の・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・これらの記事を日蝕に比べる説もあったようであるが、日蝕のごとき短時間の暗黒状態としては、ここに引用した以外のいろいろな記事が調和しない。神々が鏡や玉を作ったりしてあらゆる方策を講じるという顛末を叙した記事は、ともかくも、相当な長い時間の経過・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
出典:青空文庫