・・・悪魔は一人になった後、忌々しそうに唾をするが早いか、たちまち大きい石臼になった。そうしてごろごろ転がりながら闇の中に消え失せてしまった。 じょあん孫七、じょあんなおすみ、まりやおぎんの三人は、土の牢に投げこまれた上、天主のおん教を捨てる・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・、樹もなく、草もなく、路もない、雲に似て踏みごたえがあって、雪に似て冷からず、朧夜かと思えば暗く、東雲かと見れば陰々たる中に、煙草盆、枕、火鉢、炬燵櫓の形など左右、二列びに、不揃いに、沢庵の樽もあり、石臼もあり、俎板あり、灯のない行燈も三ツ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・と口も気もともに軽い、が、起居が石臼を引摺るように、どしどしする。――ああ、無理はない、脚気がある。夜あかしはしても、朝湯には行けないのである。「可厭ですことねえ。」 と、婀娜な目で、襖際から覗くように、友染の裾を曳いた櫛巻の立姿。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 清水から一坂上り口に、薪、漬もの桶、石臼なんどを投遣りにした物置の破納屋が、炭焼小屋に見えるまで、あたりは静に、人の往来はまるでない。 月の夜はこの納屋の屋根から霜になるであろう。その石臼に縋って、嫁菜の咲いたも可哀である。 ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・進まれもせず、引返せば再び石臼だの、松の葉だの、屋根にも廂にも睨まれる、あの、この上もない厭な思をしなければならぬの歟と、それもならず。静と立ってると、天窓がふらふら、おしつけられるような、しめつけられるような、犇々と重いものでおされるよう・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・は黙々うなずいて、其のまま背戸山へ出て往った様だった、お町はにこにこしながら、伯父さん腹がすいたでしょうが、少し待って下さい、一寸思いついた御馳走をするからって、何か手早に竈に火を入れる、おれの近くへ石臼を持出し話しながら、白粉を挽き始める・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・○河村の家ではきょう板じきに石臼を出して粉をひいている。○きのうは鍛冶屋の仕事仕度○黒ぶちの眼鏡にジャンパーを着たが「世界稀な憲兵政治」をもって国民にのぞんだと云っている記事を、おどろきをもってよみかえした。 何・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
・・・私はこの間に、まだ見たこともない大きな石臼の廻るあいだから、豆が黄色な粉になって噴きこぼれて来るのや、透明な虫が、真白な瓢形の繭をいっぱい藁の枝に産み作ることや、夜になると牛に穿かす草履をせっせと人人が編むことなどを知った。また、藪の中の黄・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫