・・・まで、露呈に見せて、お宝を儲けたように、唱い立てられて見た日には、内気な、優しい、上品な、着ものの上から触られても、毒蛇の牙形が膚に沁みる……雪に咲いた、白玉椿のお人柄、耳たぶの赤くなる、もうそれが、砕けるのです、散るのです。 遺書にも・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・僕は、コツ、コツと氷の砕ける音をきいて、しみじみとありがたいと感じました。」と、答えました。 先生は、これをきくと、おうなずきになりました。ほかの生徒たちも、みんなだまって、おとなしくきいていました。そのつぎに、さされたのは、佐藤であり・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・浪が畠の下の崖に砕ける。日向がもくもくと頭の髪に浸みる。 やがて常吉の若い嫁が、赤い馬を引いてやってくる。その馬が豆腐屋のであった。嫁も掘る。自分も掘ってみたいと言ったけれど、着物がよごれるからだめだと言って母親が聞かない。嫁は唄を謡う・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そして、膝にのせた手のさきから、燃え尽した巻煙草の灰がほとりと落ちて、緑のカーペットに砕ける。 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・これは映画の草昧時代において、波の寄せては砕けるさまがそのままに映るのを見せて喜ばせたと同様に、トーキーというものにまだ一度も接したことのない観客に、丸髷の田中絹代嬢の「ネー、あなたあ」というような声を聞かせて喜ばせようというだけの目的であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・終局の場面でも、人生の航路に波が高くて、舳部に砕ける潮の飛沫の中にすべての未来がフェードアウトする。伴奏音楽も唱歌も、どうも自分には朗らかには聞こえない。むしろ「前兆的」な無気味な感じがするようである。 海岸に戯れる裸体の男女と、いろい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ だれでも海べに出ていちばん見飽かずおもしろいと思うのは、遠い沖の果てから寄せて来ては浜に砕ける、あの波でしょう。見慣れない人の目には、海の水は、まるで生きているもののような気がすると言います。実際波はある意味で生きている。すなわち・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・ この瞬間に、私の頭の中には「煉瓦が砕けるだろうか、砕けないだろうか」という疑問と「砕けるだろう」という答とが、ほとんど同時に電光のように閃いた。しかしその声が煉瓦のまだ砕けない前に完了したのであったか、それとも砕けるのを見てから後であ・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。 この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク! 宏壮なビルディングは空に向っ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 令子は海面に砕ける月を見たい心持になって来た。月の光にはいつもほのかな香いがあるが、秋の潮は十六夜の月に高く重吹くに違いない。 令子は興津行の汽車に乗った。 勝浦のトンネルとトンネルの間で、丁度昇りかけようとする月をちらりと見・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
出典:青空文庫